マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである』『一億総ツッコミ時代』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞
マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである』『一億総ツッコミ時代』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞
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イラスト:大嶋奈都子
イラスト:大嶋奈都子

 お笑い芸人のマキタスポーツさんによる「AERA」の連載「おぢ産おぢ消」。俳優やミュージシャンなどマルチな才能を発揮するマキタスポーツさんが、“おじさん視点”で世の中の物事を語ります。

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 理不尽が排除される世の中になってうれしい。

 セクハラ、パワハラ、体罰問題、巷間騒がしいが、どんどん膿(うみ)を出してもらいたい。ただただ無批判に、常識化していたそれらを当たり前に受けていた私たち世代は本当に溜飲が下がる思いだ。

 その昔、私の通っていた学校は随分とバンカラな校風で、奇妙な風習があった。まず入学早々あるオリエンテーションが凄い。暗幕を引いた真っ暗な体育館で、怒号怒声飛び交う中、正座のままこの学校への帰依を誓わされ、躾(しつけ)けられる。これを1週間。そして校歌などを永遠に歌わされる。この歌詞もまた凄い。「天皇(すめらみこと)の勅(みこと)もち」というフレーズがあるのだが、一定の高さに腕を持ち上げた状態で手拍子をし、その腕が少しでも下がったら、上級生から叩かれる。男子はもちろん女子でも同じ扱いだった。その間、水も飲めない。

 1週間の最後に生徒会長が壇上で言う。「俺はおまえらが大好きだ!」。新入生らはこれを見て号泣する。これを代わる代わる、毎年やっていた。そんな学校だった。

 部活でも、先輩からの無理強い、顧問からの圧力、非科学的なしごきは朝飯前。私の同級生などは、往来の真ん中で好きな人を言わされたり、古文の教科書を見ながら自慰行為をさせられた奴もいた、あるいは、入学早々先生に殴られ前歯が折れ、結局3年間欠けた前歯で過ごし、最後にその先生から「前歯は?」と言われた奴がいた。そういう話は枚挙に遑(いとま)がない。

 さらに、悲しかったのは。こうした風潮を変えようと、私たちが上級生になった時に、それまで恒例的に行われていた下級生に対する「シメ」と言われる行為をやめた時のこと。見事に統率が取れなくなった。士気は下がり、部活自体に張りがなくなり、遂には大会に出ても成績が一向に上がらなくなった。シメがあったから今があるとは言わない、でも、問題だったのは、「緊張感の維持」や「向上の方法」が暴力以外にあみ出せていないことだった。自主性などという、崇高なものとは程遠い「幼稚な継続」をただただ否定するだけでは、その先が無かったことに愕然とした。

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