出産は病気ではない。だが、生と死が隣り合う命の現場だ。「自分は大丈夫」。そう思い込みがちな妊婦に伝えたい。赤ちゃんを守れるのは、正しい知識と想像力だ。
妊娠38週の健診で赤ちゃんの元気な心拍を確認できた。もうすぐ我が子に会える──。横浜市に住む女性(34)は喜びでいっぱいだった。残暑が厳しかった5年前の9月のことだ。
その3日後、仕事から帰宅した夫から、いつものように「今日も赤ちゃんは元気だった?」と聞かれ、「そういえば、静かだな」と気づく。心配になってすぐにインターネットで検索した。
「胎動 少ない 臨月」
大手検索サイトでキーワードを入力すると、妊娠や出産の情報が網羅されているページにたどり着いた。そこには、臨月になると赤ちゃんが出産に向けて下へ降りていき、骨盤に頭が固定されるので胎動はあまり感じなくなる、と書かれていた。
「胎動が少ないのは、お産が近づいている証拠なんだって」
夫にそう伝えて、安心して眠りについた。胎動がないのは赤ちゃんのSOSだとは、このとき想像もしなかった。
2日後、陣痛がきて病院へ。陣痛室で突然、赤ちゃんの心臓が止まっていることを告げられる。一方で、おなかの赤ちゃんは亡くなっていても必死に生まれてこようとしている。現実をうまく受け止められないまま、自然分娩で彩衣里(あいり)ちゃんを産んだ。
主治医に「胎動がなくなったら病院へ来てくださいと、どうして教えてくれなかったんですか」と尋ねると、「胎動が少なくなっても大丈夫ですとは、こちらからは言わないですね」と、要領を得ない答え。病院でも、母親学級でも、妊婦向け情報誌でも、こんなに大事なことを教えてくれなかった。
●ネット上の無責任な情報 翻弄される妊婦
今連載の取材で出会った死産経験者の中には、ネット上の胎動の情報に翻弄された人が複数人いた。
私(記者)自身も、2年前に妊娠38週で胎動を感じなくなり、ネットに頼った。大手質問サイトには、「私のときもそうだった」「問題ない」といった回答ばかり。ただひとつ、こうあった。
「ここに書き込んでいる人たちは誰もあなたの赤ちゃんに責任を持ってくれません。不安があれば必ず病院へ」