9・11以降のサウジアラビアとイランからの留学生数の推移を見ると、米国とイスラム教徒の関係も見えてくる。01年から02年にかけて、サウジからの留学生は5579人だったが、9・11後のイスラム教徒への締め付けや人々に広がった「イスラム恐怖症」の空気の中で、留学生は3千人台に減少した。06年から07年にかけて増えはじめ、オバマ政権下の09年以降8年間で、その数は4.8倍になっている。
イランからの留学生は07年から08年に初めて3千人に達するが、やはりオバマ政権で3.4倍に増えた。
オバマ政権の「イスラムとの和解」政策がサウジやイランに代表されるイスラム世界から留学生を急増させたことはあきらか。強権体制が蔓延(まんえん)し将来に希望が持てない中東の若者にとって、「自由の国」である米国に留学することは、成功への数少ない機会となっているという背景もある。
オバマ政権でイスラム世界との関係改善が進んだが、トランプ政権の登場で9・11直後の「イスラム恐怖症」が息を吹き返すことになりそうだ。米国ではトランプ氏の当選以降、イスラム教徒への嫌がらせが表面化しているとの報道もあり、イスラム世界からの留学生や移民は今後、減少することが予想される。
イスラム圏7カ国の入国禁止への大統領令について、ツイッター、グーグル、アップルなどIT系企業を中心に反対の声が上がっているのは、中南米とともに、中東やアフリカなどのイスラム教徒の若者が留学や移民として、こうした新しい産業を支えている側面があるからだ。
●ドイツの経済的計算
オバマ前大統領の父も、アップルの共同創業者の一人スティーブ・ジョブズ氏の父も、ともに中東やアフリカから米国に来たイスラム教徒の留学生だったことは、米国の活力の源である多様性を考える上でも示唆的だ。
国ごとの人口中央値で日本は世界最高の47歳だが、それにつぐ2位のドイツが15年以降、100万人のシリア難民を受け入れた。人道的配慮だけでなく、若くて優秀な労働力を入れることができるという経済的な計算も指摘される。
中東は人口中央値が20歳台と若く、一方の米国の人口中央値は38歳と高齢化に向かっている。米国での「イスラム恐怖症」政権の登場は、アメリカの没落の始まりだ。
(中東ジャーナリスト・川上泰徳)
※AERA 2017年2月13日号