
創立240年の歴史を誇るロシアの至宝、ボリショイ・バレエ団。この名門バレエ団で2013年1月、世界に衝撃を与えた事件が起きた。元スターダンサーにして芸術監督のセルゲイ・フィーリンが覆面の男に襲われ、顔面に硫酸を浴びせられたのだ。
一大スキャンダルはなぜ、起こったのか。
映画「ボリショイ・バビロン華麗なるバレエの舞台裏」は、いち早くこの事件の真相に迫ったドキュメンタリーだ。バレエ団のプリンシパルのマリーヤ・アレクサンドロワが、「映画を撮ると聞いたのは、事件から1週間後でした」と話すように、監督のニック・リードと共同監督兼製作のマーク・フランチェッティの行動は素早かった。
まだ犯人が逮捕される前、バレエ団が動揺している最中に撮影をオファー。実際に許可されたのは事件後の7月、ボリショイ劇場を立て直すためにウラジーミル・ウーリンが総裁に就いてからだが、創立以来、外部に閉ざしてきたボリショイの舞台裏に、初めてカメラが入った。
事件で逮捕されたのは、バレエ団のソリスト、パーヴェル・ドミトリチェンコだった。恋人のダンサーがフィーリンに役を降ろされたことが原因だとされたが、カメラは、以前から労働組合のリーダーとして若手ダンサーたちに慕われるドミトリチェンコと、独断的なキャスティングで反感を買うことが多かったフィーリンの険悪な関係を、何人もの証言を絡めて浮き彫りにする。さらに、ウーリンが総裁に就いたことで、前職から続くフィーリンとの確執も微妙な影を落とす。硫酸をかけられたフィーリンが団員たちから意外なほど煙たがられていることに驚かされる。
※AERA 2015年9月21日号より抜粋