

「安倍さんは完全に詰んでるよね」
ある政治家が数人と会食する席で、漏らした言葉。
発言の主は野党議員ではない。安倍晋三総理を支持する立場の自民党有力議員だ。「これでますますオリパラ後辞任の臆測が広がるだろうね」と彼は続けた。
確かに安倍総理の顔色は冴えない。幾多のスキャンダルを乗り越えた「不死身」の総理とはいえ、昨秋から続く不祥事の数々に、政権を投げ出したくなっても不思議ではないだろう。
冒頭の「完全に詰み」という言葉には、これまでとは違うという意味がある。
まず、最大のピンチとなっている「桜を見る会」を巡る疑惑。政治家の目には、これまでの事件との異質性がはっきり見えるという。例えば、森友事件で昭恵夫人の関与が暴露されて窮地に陥った安倍総理だが、財務省の佐川宣寿理財局長(当時)の文書改ざんなどもあり、官僚に責任を押し付けて逃げ切った。加計学園事件でも、総理の意向文書や総理秘書官の関与などで危機が訪れたが、こちらも官僚の責任にすることができた。
しかし、「桜事件」では、安倍事務所が直接関与したことが明白だ。特に、今焦点となっている前夜祭の収支問題は、官僚のせいにできない。安倍事務所の責任は安倍総理自身の責任になる。自民党政治家でさえ、「総理の言い訳は無理筋だ」と見ている。
「いつまでこんな議論ばかりしているのか。もっと議論すべき大事なことがあるだろう」という野党批判の切り札も、「安倍総理が明細書や領収書を出せば、すぐ終わる」と切り返されて、効果がない。「意味のない質問だよ」という「不規則発言」は、安倍総理が追い詰められて苛立っていることの証しだと理解された。
「募っているが募集はしていない」「合意はしたが契約ではない」など、総理自身の珍答弁には閣僚席からも苦笑する顔が映し出され、官邸の無力さを印象付けた。財務・経産の官僚が直接助けることができないので、防御が不完全になるのだ。「安倍さんもかなり苦しい。もう限界だな」という声が増えるのは自然だ。
もう一つ辞任説が出る理由は、東京高等検察庁の黒川弘務検事長の定年を延長した「事件」だ(先々週本コラム参照)。山尾志桜里衆議院議員が国会で丁寧に追及し、その違法性が誰の目にも明らかになった。この件は、自民党有力議員たちに驚きとともにある懸念を与えた。なぜこんな凡ミスをしたのか。「検察支配に躍起になった結果だ。よほどヤバい案件があるのだろう」と訝しむ声が強まる。
確かに、「桜事件」では、検察がホテルニューオータニやANAホテルにガサ入れして関連文書を持ってくれば、即アウトだろう。500ドットコムという中国の新興企業の案件として終わらせるはずだったカジノ疑惑では、検察が大手カジノ会社メルコリゾーツにまでガサ入れし、政府与党首脳に及ぶ恐れが出てきた。
さらに、河井克行前法相夫妻に渡った1億5千万円の選挙資金は多くの議員の反発を生み、現在の安倍総理の窮状も「身から出た錆」と冷たい目で見られている。
そこに追い打ちをかける新型肺炎対応の大失敗。これが最後のとどめになりそうだが、春になれば、一般のインフルエンザ同様、自然終息し、安倍総理の「不倒神話」が確立するという予想さえある。「まともな野党がないからね」と冒頭の自民議員が呟いた。
日本政治を刷新する最大のチャンスなのだが……。
※週刊朝日 2020年3月6日号

