半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「京都に移り住もうと思いましたが…」
セトウチさん
なんだかお忙しそうですね。その点僕は時間がたっぷりあるので、どんどん手紙を書いちゃいます。
それはそーと、僕が「往」でセトウチさんに色々質問するんですが、その質問に答えずに関係ないことを次々書いちゃうので、正式な「往復書簡」になってないんです。まあ、こんな自分勝手なセトウチさんのことはよく知ってますが、それも魅力としてお許ししましょう。
第19回のセトウチさんの「復」で、寂庵を建てられた時の話、初めて聞いたので、とても面白かったです。セトウチさんに負けず建築屋さんも随分勝手な人ですね。親和性の法則で似た者同士が寄ってくるんですかね。
ところで、いつだったか、僕も京都に移りたいと思って土地を探している時、セトウチさんの家から見える所に200坪ぐらいの土地があることがわかってセトウチさんに相談したら「買いなさい、買いなさい」となって不動産屋に50万だったかの手付け金を払ったんですが、そのことを知った美輪明宏さんが「あの土地には魑魅魍魎(ちみもうりょう)の霊がウジャウジャいて、ヨコオちゃんはいっぺんに憑依されるわよ。止めなさい!」と言われたことをセトウチさんに報告すると、セトウチさんまでが「止めなさい、止めなさい」と「買いなさい」が「止めなさい」に変ってしまったんです。
「嵯峨に遠藤周作さんが家を建てたんだけれど、彼は一度も住んでないのよ。幽霊が出るんだって」。なんだか恐ろしい話ばかりで、僕はとうとう諦めたんですが、不動産屋から手付け金を取り返すのに大変だったんですよ。あの時、美輪さんの一言がなければ、今頃セトウチさんとご近所さんになって、多分、今とは全く違う人生を歩んでいたことになりますが、京都に住む住まないは僕の運命がもてあそんだのか、僕を試したのか、人間の運命って本当に流動的で面白いですよね。