ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、Mattさんについて。
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2019年も様々な顔を描かせて頂きましたが、この方を描かずして令和元年は終われない。正真正銘の「顔・オブ・ザ・イヤー」。Mattさんです。
「過剰」の次元を遥かに超える修正や加工を施した自身の画像が、ネットやSNSを中心にじわじわと話題を呼び、いつしかその手法は「Matt化」と名付けられ一大ムーブメントを巻き起こしています。最初は違和感だらけだったはずの「キワモノ」に「慣れ」が生じ、最終的に「好意」や「共感」へと昇華する。これほどまでに世間の感情・感性が、(しかもかなり短期間の内に)ポジティブな方向へ変動していく様を、私は初めて目の当たりにしました。思えば10年ほど前の「オネエブーム」の時にも似たような現象が起き、テレビにおけるオカマ枠が確立されたなどと言われていますが、Mattさんの場合はたったひとりで、ひとつのこと(修正と加工)だけを粛々とやり続け、まったく新しい価値観を作ったわけです。孤高の戦士。ホントに凄いと思います。
さらに興味深いのは、MattさんやMatt化に注がれる世間の好意が、いわゆる理想や憧れではなく、ただ「見たい」もしくは「やってみたい」という極めて観光的なところです。金閣寺を「見たい」「中に入ってみたい」とは思うけれど、決して「住みたくはない」のと同じロジックです。これまたオネエブームと通ずる部分があるものの、決定的に違うのはMattさんや「Matt化」という表現方法(もしくは技術)には、ある種の特許性があること。ママタレやオネエのように次から次へとポスト人材が現れ代謝していくような類とは異なる唯一無二な存在と言えるでしょう。
彼の表現は極めてデジタルでバーチャルでアーティフィシャルです。しかしそこから滲み出る性(さが)には、果てしなく人間味に溢れた生々しさを感じます。宿命や現状を都合よく自己解釈しない。葛藤や依存といった自身の業に無駄な言い訳をしない。他者や世の中に対して居直らない。彼のような生き方こそが「ありのまま」なのであり、誰しもが抱き得る欲求と、そこに横たわる虚しさと対峙する清々しい姿に、ひとりまたひとりと心を動かされた結果だと思います。
とは言え、「Matt化」に拒否反応を示す人たちも一定数いるのも事実。もちろん、人間の生理的感情や嗜好は変えようと思って変えられるものではないので、何ら不思議はありません。ただ、そんな反Matt派の中に「子供が怖がるからやめて欲しい」などという非常に身勝手な言い分をのたまう連中が、予想通り多発しているようで、これには心底げんなりします。この手の人たちは、何故にすぐ子供を盾にするのでしょうか。文句を言いたいならば、主語は自分にしないと。それこそアナタのお子さんも将来、何でも他人や世の中のせいにする小さな人間になってしまいますよ。数年前、『ジャポニカ学習帳』の昆虫表紙シリーズが、一部の保護者からの「子供が怖がる」クレームによって廃止に追い込まれた(後に復刻)ことがありましたが、あれといっしょです。
今の時代、選択肢はたくさんあります。選んで消費をすればいいだけの話です。自分が不快なものは、消費する以前に消えて欲しいと主張することが、子供の教育上もっとも恥ずべき行為だと、彼らは一生気付かないのかもしれません。
※週刊朝日 2019年12月20日号
【週刊朝日編集部からのお知らせ】
いつも『アイドルを性(さが)せ!』をご愛読くださり、ありがとうございます。この連載は2016年5月から週刊朝日で始まりましたが、このたび書籍化して、単行本『熱視線』(本体価格1400円)として発売されました。連載の内容を大幅に加筆修正し、ミッツさんご自身が描いているアイドルの似顔絵(AERA dotでは未掲載)も収載しています。装丁にもこだわりました。毒と愛を込めて作った一冊です。ぜひ、紙の本でじっくり味わってお楽しみください!