

「僕の作品で残るのは『街道』かもしれないね」と、司馬さんはいっていた。『街道』の言葉を頼りに旅を続けるカメラマンがいる。「司馬遼太郎シリーズ」を担当する小林修の“視点”を聞いた。
【写真特集】司馬遼太郎「街道をゆく」の視点 触発されたカメラマンの目
司馬さんが『街道をゆく』の原稿を書くとき、机に置かれたアルバムをよく見ていた。自分が旅先で撮っていた写真である。
「メモ代わりだよ」
といっていたように、スケッチ代わりの写真が基本だが、ときに明らかに楽しんでいる写真もあった。
犬の頻度が高い。アイルランドのアラン島のパブにいた犬、北海道のオホーツクの考古学現場で懐いてきた犬、台湾の少数民族、卑南(プユマ)族のリーダーが飼っていた「ポチ」。どの犬もなんとなく悲しげで、夫人の福田みどりさんはかつていっていた。
「そんなに犬が好きっていうわけでもないのよ。ただし、人の顔をよく見ていたけれど、犬や猫の顔もよく観察していたわ」
1992年早春にもニューヨークのあちこちで写真を撮っている。そういえば、出発前にいっていた。
「NYではブルックリン橋に行こう。できれば歩いて渡りたいね。『ソフィーの選択』は小説もいいけれど、映画もいい。夜のブルックリン橋はワイヤロープが光り輝き、まるで神殿みたいな感じだった」
そして念願のブルックリン橋を歩いた司馬さんだが、こう記述している。
<橋をわたりつつ、写真のことをおもった。映画の中の(略)鋼線の光は、写真がもつうそである>(『ニューヨーク散歩』)
昼間で照明もないから仕方ないが、ブルックリン橋は神殿には見えず、鉄の多様な交錯にすぎなかった。
<写真はやはり芸術ですな、と一緒にわたっている村井重俊氏にいった。芸術とは、理想化されたうその体系という意味である>
担当者の私はこの言葉をポカンと聞いていた。映像や写真への関心は人一倍強かった人なのである。
その司馬さんの膨大な作品は数多く映像化された。「『坂の上の雲』と『街道をゆく』だけは、映像化するのが難しいと思う」
と、司馬さんはいっていたが、その2作品ともNHKで番組化されている。ただ、司馬作品をテーマにした写真集はほとんど記憶がない。