四つで母乳。マジか。母いわく「でもその日で卒乳。それ以降は一度も飲んでいないはず」。当たり前だ。たしか母乳というものは飲み続けないと出ないのではなかったか? ということは私は四つまではコンスタントに母の乳首にかじりついていたということか。

 あんなハッキリとした日本語の悪態を吐く人間が母乳を飲むなんて……。呆れた。あげ続ける母にも呆れた。

 姉たちによると、母乳を飲んで満足した私はようやく機嫌が直り、その日初めての笑顔を見せたらしい。ホントかいな。動物園に来て、昼過ぎまで笑わない子供ってどんなだよ。飲まないと腹を割らない4歳児、やだな。

 今年のお盆に実家に帰ってアルバムをめくるとあった、その問題の授乳写真。護送される容疑者のようにバスタオルに顔を包まれながら、恐らく乳を飲んでる4歳児。当人も恥ずかしいことなのはわかっているのだろう。飲み終えた直後の写真の私は確かに笑顔……ではあるが、眼は完全に酩酊状態のそれだ。あ、この顔見たことあるな。居酒屋の鏡の中で。

 母乳は何とかやめられたけど酒はなかなかやまりませんな、御同役。誰が御同役だ?

週刊朝日  2019年11月8日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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