落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「笑顔」。
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子供の頃から笑顔が苦手で、昔の写真を見るとほとんどが仏頂面。酒が入るとそこそこな笑顔が出来るので、はしご3軒目ともなるとトイレの鏡に向かい、無闇にニコニコしたりして自分も笑顔になれるのを確認する。気持ち悪くてごめんなさい。
昨年のはなしで恐縮だが、ちょうど今くらいの時期に父の喜寿のお祝いをした。父・母・姉3人と私。あえてお互いの配偶者・子は抜きで、家族6人で祝おうじゃないかということになり、上野辺りで食事することになった。幹事は私。ただメシを食うだけでは味気ない。久しぶりにみんなでどこかへ遊びに行くのもいい。たしか私が4歳の頃、家族で上野動物園にパンダを観に行ったはず。ハッキリと記憶に残ってるので、恐らくとても楽しかったに違いない。家族の反対もなく喜寿祝いは上野動物園に決定。
川上(本名)家も結成から40年余り、もうジイさんとバアさんとオバさん3人とオジさん1人のロートルチームである。パンダのシャンシャンの行列を横目に「ま、今日は無理しなくていいよね……」と諦め、なんとなく空いてる動物ばかりを眺め、これといった会話もなく黙々と歩く。くたびれ果ててベンチにヘタり込む6人。
「あ、たしか昔……ここでお弁当食べたんじゃないかな?」と思い出した私。「そうだっけ?」「ほんと?」「覚えてるの?」と姉たち。「キリンが後ろにいて、みんなに囲まれてワーワー言われて楽しかったような記憶はあるんだけど……違ったかなぁ?」「あの時お前がグズって大変だった」と母。「よく覚えてるな」と父。「そりゃ忘れないわよ。おっぱい飲ませてようやく落ち着いたんだから。あんな公衆の面前で4歳児に母乳あげるとは思わなかったわ」「あー! そうだった!」と姉3人がハモった。「ボク、もう帰るー! パンダ見たかったのにー! キリンじゃ嫌だー! パンダがいいー!」とダダをこねる私をなだめるために、母は自らの乳を与えたらしい。