批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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人工知能(AI)への関心が俄(にわ)かに高まっている。米新興企業が公開した対話型AIサービス「チャットGPT」が、人間のような返答をしてくれると話題だからだ。
チャットGPTは突然生まれた技術ではない。開発の基礎となったモデルは2017年に発表されている。騒ぎになっているのは、ウェブで公開された膨大な文章を読み込ませることで、回答の精度が飛躍的に高まったからだ。これでは生徒が学習をしなくなると、海外の教育現場では禁止する例も現れた。他方日本ではチャットGPT導入を発表した企業の株価が急上昇するなど、過熱気味のブームになっている。
チャットGPTのようにコンテンツを制作するAIを「生成系AI」という。昨年は画像生成も話題を呼んだ。7月に公開されたミッドジャーニー、8月に公開されたステーブル・ディフュージョンといったサービスを利用すると、日常の言葉で注文したとおりにAIが見事なイラストを描いてくれる。これではプロの絵描きは失職だ、と世界中で悲鳴があがった。
生成系AIの出現は多くの問題を提起している。生成された文章や画像はだれのものか。AIが学習のため読み込んだ素材の著作権はどうなるのか。すでに米国では訴訟も提起されている。新たな議論や法整備が必要なのは明らかだ。
とはいえ過度の期待も禁物だろう。2月6日にはグーグルが公開したサービス「バード」が不正確な答えを返したとして非難された。しかしAIはそもそもが既存の情報に基づき答えを返すだけの存在である。それはネットで検索して答えを返す人間と変わらず、間違いが起きるのは当然だ。AIが人間と同じほど賢くなるというのは、AIが人間と同じほど信用できなくなるということでもある。
AIは、いままで人間が行っていた単純作業をたいへん低いコストで担ってくれる。産業への影響は大きい。しかしそれはけっして人間の役割がなくなることを意味しない。音楽も映像も論文も、今後ある程度の質のものはAIで制作できるようになる。逆にそこから人間の審美眼や作家性が問われる時代になるだろう。
◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2023年2月27日号