ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する
ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する
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※写真はイメージです (Getty Images)
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 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、事件にまつわる「ワードセンス」について。

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 今週は、隣国の大統領の側近の不正疑惑が話題になっていましたが、スキャンダルや事件とて、タイミングやキャスティングそしてネーミングといった、いわゆる「映え」次第で見え方や盛り上がり方も違ってくるものです。ここ20年ぐらいはインターネットの普及により、距離や時間の感覚が一気に薄らぎ、それによって時事の「映え方」も変化してきたように感じます。特にSNS最盛の今、もっとも重要視されるのは「ハッシュタグ的要素」の有無です。カジュアルに共有できる「ワード」もしくは「フレーズ」さえあれば、大事件だろうと不倫だろうと「祭り」は世界中で成立する。一方でそのワードセンスがどうにもこうにも低俗化している気がするのは私だけでしょうか。

 例えば80年代前半に一世を風靡した「ロス疑惑」。当時の時代感と事件の性質が凝縮された奇跡的なネーミングでした。小学校低学年だった私も、この「ロス疑惑」という5音に無性に心が躍った記憶があります。今では日本でもロスのことを「L.A」と呼ぶのが主流ですが、80年代を生きた日本人にとっては、やはりロサンゼルスは「ロス」です。もしあれが「L.A(エルエー)疑惑」だったら、印象や記憶の刻まれ方は全然違ったでしょう。もちろん「パリ疑惑」でも「モスクワ疑惑」でも「リオ疑惑」でもダメ。ロサンゼルスを「ロス」と略すことで詳らかになる日本人特有の鈍臭い「インターナショナリズム」が、何よりもあの事件に終始漂っていた「西洋かぶれした下世話さ」と見事にフィットしていたのだと思います。語感ってほんとうに大事です。

 そして、87年に起きた大韓航空機爆破事件。その実行犯である金賢姫(キムヒンヒ)元死刑囚にも深い思い出があります。当時私はイギリスに住んでいたため、事件に関する主な情報源は、衛星版で届く朝日新聞と、その中にある各種週刊誌の広告のみでした。事件当初は日本人女性「蜂谷真由美」になりすましていた金賢姫。この「蜂谷真由美」という名前の響きが何ともミステリアスで、新聞に載っていた白黒の顔写真とともに、子供たちの心を掴みました。やがて「蜂谷真由美」は日本人ではなく「北朝鮮のスパイ」だと判明すると、やれ「納豆が食べられずにバレたらしい」とか、やれ「SONYや東芝を知らなかったらしい」などといった噂が学校中で飛び交い、最終的には「日本人拉致」という事実が白日の下に晒され、一同震え上がるという結末に。

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