
●マイルスは、コルトレーンを選んだ
名高いトランペッターでありバンド・リーダーでもあるマイルス・デイヴィスは、1955年、自己のクインテット結成時、メンバーから人気のテナー・サックス奏者ソニー・ロリンズを外し、無名のテナー・サックス奏者ジョン・コルトレーンを起用した。
当時おそらく重要視されなかったであろう“その決断”は、しかし、彼らそれぞれのキャリアばかりか、ジャズそのものの方向をも決定づけることになる。
本書『クローウィング・アット・ザ・リミッツ・オブ・クール』は、マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンの音楽的な相互作用、歴史的な背景、彼らが互いに影響を与えた経緯やアメリカ文化に及ぼした莫大な影響力に照準を合わせる。そして、歴史上大きな意味をもつ彼らの初期のパートナーシップから別離のインタールードにいたるまで、それぞれがアーティスティックな個人的目標に向かってめざましい進化をとげる過程を通して、彼らのコラボレーションにおけるドラマを綴る。
それはまさに、ジョン・コルトレーンをフィーチャーするマイルス・デイヴィス・グループがジャズの風景を一変させた時代、そのコラボレーションの軌跡である。
●それは、時代のターニング・ポイントだった
著者ファラ・ジャズミン・グリフィンとサライム・ワシントンはまた、マイルス~コルトレーンのコラボレーションが、ジャズ及びアメリカ文化に対してもつ“深い含み”を検証し、アフリカン・アメリカンというアイデンティティの変わりゆく基準を彼らの表向きの顔や私的な困難と対比させる。
音楽的スタイルにおいても、その個性においても、これほどまでに対照的なミュージシャンはいない。マイルス・デイヴィスは、50年代の典型的な男、すなわちタフでクールな寡黙の人物であり、ジョン・コルトレーンはこの時期、焦点の定まらないジャンキーから、やがて人々を啓蒙するスピリチュアルな求道者へと変貌した。
彼らが活動を共にした一時代は、大きなターニング・ポイントを意味する。本書は、文化史と細部にわたる音楽的事実に基づき、彼らのコラボレーションが、ジャズとアメリカ史全般に対してもつ重要性をあきらかにする。
「グリフィンとワシントンは、20世紀の音楽を代表する2人の天才が、かつてアミリ・バラカに“前代未聞の水素爆弾と飛び出しナイフを擁する古典的バンド”と称されたクインテットを結成するべく出会った時代を辿り、彼らの人生を探る。マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンは、いずれも彼らの活動を饒舌に言葉で表現するタイプではなかった。にもかかわらず彼らの人生と音楽は、いまなお私たちに多くを語りかける。格調が高く明解な本書は、2人のミュージシャンの当時の姿と演奏を彷彿させる、啓蒙的な社会史であり音楽史である」
ジョン・スウェッド:『ソー・ホワット:ザ・ライフ・オブ・マイルス・デイヴィス』著者(訳:中山啓子)