

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「秋よ、来い」。
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魚でいちばん秋刀魚が好き。朝から秋刀魚でいい。否、朝から秋刀魚「が」いい。「朝カレー」よりも「朝秋刀魚」。イチローにも勧めたい。
今年はまだ秋刀魚師匠にお会いしていない。食卓に運ばれてきた瞬間、おそらく私は「よろしくお願いいたしますっ!」。直立不動でお出迎えするだろう。お手合わせ願う。さっきまでピカピカ、ピーンッと突っ張ってた師匠も、ところどころ脂をしたたらせ、湯気を立てながら、ちょっときまりが悪そうだ。「勉強させて頂きます!」「まぁ、焦んなよ。兄ちゃん、俺は逃げねぇよ」と師匠の目が優しい。
さぁ、傍らには醤油を垂らした大根おろしにすだちかかぼす。無けりゃカットレモン。もう「ポッカレモン100」でもよし。とにかく柑橘! 極端な話、大根おろしに醤油に柑橘があれば、秋刀魚が無くても秋刀魚をイメージしながら飯が食えるのだ。スピンオフにもたえうる名脇役たちの存在感たるや。
焼き立ての秋刀魚師匠には申し訳ないが、焦げて破れた皮に箸の先で横一文字に切れ目を入れる。白い脂が見えたら、その皮の裂け目にそって醤油を一筋流し込む。傷口に染みますか、師匠? 追い討ちで、柑橘の汁もポタポタポタと垂らしていいですか?
頭を左に、中骨左上部の脂の乗ったところから、大根おろしをのせて頂きます。もちろんご飯も一緒に。ご飯にのせて焼き海苔でくるんで……そんな贅沢は後半にとっておこうかな。思わず顔が緩む。
左から右へ箸をすすめ、脂の少ない身のしまったところも頂きます。皮! 皮に付いた身がまた美味いのよ。時計回りに中骨の右下を食べたら左へ移動。
いよいよお楽しみのハラワタ! そしてハラワタ回りの肉! まずハラワタを一つまみ。苦味を味わう。やっぱり嬉しく苦い。ハラワタ回りの肉をつまむと、一緒に中骨から外れたあばら骨が付いてくる。その骨もろともハラワタ・肉・大根おろしをご飯にのせる。そのまま食べてもいいが、ちょっと待て。願わくばそれを、醤油と柑橘の染みた、秋刀魚師匠の焼けた皮でクルンと巻いて食べる! あばら骨はよく噛めば問題なし。むしろ歯応えはアクセント! 口のなかで、ハラワタの苦味と、肉と脂の甘味と、醤油のしょっぱさと、柑橘の酸味がごちゃ混ぜになって……もう師匠、最高!
ここでご飯をおかわり。ひっくり返せば、まだ片身が残ってるんだぜ。言っとくけど、残していいのは頭と中骨と尻尾だけ! ハラワタに必ず一匹いる赤いニョロニョロ虫も何の気なしに食べちゃう。鱗が溜まってる内臓ものみ込んでしまえ。皿の縁に骨やら皮やらハラワタやらが残ってるのはいやなんだ。「そうあるべき」とは言わないけど、それが師匠に対する私なりの愛情だ。なんなら頭と中骨もどうにかしてしまいたい。昔、実家で飼ってたベンジー(雑種犬)は、家族の食べ残しの魚の頭や骨にご飯と味噌汁をぶっかけたヤツを喜んで(?)食べてたっけ。だから今、私は犬を飼いたい。秋刀魚の全てを残らず愛するために、雑種を飼いたい。頭も骨もカラッと素揚げにすればなかなかいいツマミになるかな……。じゃ、犬はいらないか。とにかく、なんだ。秋刀魚が好きなのよ。秋よ、来い。
※週刊朝日 2018年9月21日号