定年退職し、今まで家にいなかった夫がいつもいる――。妻にとってそれが苦痛になることも。神戸松蔭女子学院大学教授の楠木新氏が定年後の夫婦の過ごし方を提案する。
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定年後の夫婦関係はコミュニケーションが重要で、夫は妻を理解するため、「生活感」という共通言語を持たなければならない。生活感を身につけるため、自ら食事を作るなど家事に挑戦することが大事ではないか。最低限、自分のことを相手に伝えて信頼関係があれば、普段はそれぞれに行動しても大丈夫だろう。
男性が地域活動やボランティアに一人で参加するのはハードルが高い。最初は妻の関わる活動やグループに一緒に出向き、お試しで参加するのが一つの手だ。夫婦そろって参加すれば、共通の話題も生まれる。
私と同じ団塊世代の女性に話を聞くと、夫がずっと家にいるのはうっとうしいと感じる人が多い。定年後も距離をある程度置き、それぞれに楽しむくらいがちょうどよい。定年後、自分の居場所をすぐに見つけられる男性は少ない。会社の枠組みから外れた途端、何をしてよいのかわからなくなる。50歳ごろからリタイア後をイメージし、会社員とは違うもう一人の自分を探してはどうだろうか。
定年から70代半ばまでは、元気に自立して動ける「黄金の15年」。この期間を充実させるために、私も頑張っている。47歳のときに病気で休職して平社員になったことが私の転機となった。取材・執筆活動をしたいという希望は昔からあったが、定年後では間に合わないと思い、会社員をしながら大学院に通って執筆を始めた。
会社では自分の地位を守って安穏に過ごすために、上司にお伺いを立て、その場の空気を読んで行動し、主張や個性を表に出さないほうがよい場合が多い。このため、定年後の生活になると、自主性がなかったり、会社と地域のルールの違いに戸惑ったりする。男性が地域にうまく溶け込めない一因だと感じている。
男性は図書館や公民館、スポーツクラブ、繁華街などで一人で過ごす人が多い。一方で、女性はグループで楽しむ。生活感という共通言語を持ち、友人とも気軽につながっている。
男性の多くは妻から介護を受け、妻より先にこの世を去ると思い込んでいるようだ。しかし、必ずしもそうなるとは限らない。私も数年前に母の介護を経験したが、負担やストレスが想像以上に大きかった。長く生きるということは、こうした重さを夫婦で抱える可能性があるということだ。
※週刊朝日 2018年9月14日号