ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。波紋を広げているウクライナ保安局のおとり作戦について解説する。
* * *
ウクライナ警察は5月29日、ロシア出身の反体制派ジャーナリスト、アルカジー・バプチェンコ氏が首都キエフで何者かに射殺されたと発表した。ネット上は騒然となった。
バプチェンコ氏は、ロシア政府による反対派への弾圧やウクライナ侵攻を批判したことで、政府から自身や家族の殺害予告を受けたとして、2017年2月にロシアを脱出しキエフに身を寄せていた。過去にもロシア政府に批判的なジャーナリストの殺害事件がたびたび起こっており、ウクライナでもこの5年間で7人が殺害されている。世界中のメディアがこの悲劇を大々的に報じた。
しかしその翌日、事態は急展開する。殺されたはずのバプチェンコ氏がウクライナ保安局(SBU)の記者会見場に元気な姿を見せたのだ。SBUはバプチェンコ氏の暗殺が虚偽であることを明かし、同氏の暗殺計画を暴くためのおとり作戦だったと説明。この作戦によって、暗殺計画の中心人物を逮捕したという。
容疑者はロシアの情報機関から4万ドル(約440万円)を受け取り、複数の知人にバプチェンコ氏の殺害を依頼していたとされる。暗殺計画を察知した当局は、バプチェンコ氏におとり作戦をもちかけ、およそ2カ月にわたって準備を進めてきたそうだ。
会見に出席したバプチェンコ氏は、「私もたくさんの友人や同僚の葬儀に参列してきた。同じ思いをさせて申し訳ない。だが、ほかにやりようがなかった」と謝罪した。
バプチェンコ氏の殺害がウクライナ当局によるウソであったことが報じられると、安堵(あんど)とともに強い批判が巻き起こった。同氏の元同僚でロシア人ジャーナリストのアンドレイ・ソルダトフ氏は、「越えてはならない一線を越えた」と批判。「ジャーナリストの仕事は信頼の上に成り立っている。彼が生きていたことはうれしいが、彼はジャーナリストの信頼を損なった」とツイートした。