ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌新連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、アイドル歌手を取り上げる。
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先日、『歌の上手いアイドル』について、某週刊誌上で対談をしました。お相手は、かの林哲司先生。私に多大な影響を与えてくださった名作曲家(明菜ちゃんの『北ウイング』や聖子ちゃんの『密林少女』、杏里の『悲しみがとまらない』など)です。そもそも「アイドルの歌唱力」を語ることの不毛さなど、数多の名曲をアイドルたちに提供してきた林先生も重々ご承知の上だったと思いますが、私はどんなテーマであれ、『憧れの林哲司』に逢えることが何よりの喜びでした。しかし雑誌側は、「70年代・80年代の女性アイドル歌手の歌唱力ランキングを決めてほしい」という、有り得ない要求をしてきました。アイドル歌手の優劣を歌唱力で比べるほどナンセンスなものはありません。歌唱力がそのまま魅力に繋がっている方も中にはいますが、基本アイドル歌手というのは、技術(テクニック)ではどうにもならない部分で勝負している人たちです。林先生も私も「それぞれの上手さに焦点を当てることはできても、順位付けは無理ですよ」と伝え、対談は始まりました。
今でこそ『歌が上手い』には高い商品価値がありますが、やはり歌手の値打ちは『歌声』です。特に昔のアイドル歌手は、上手い・拙いを含めた『歌声』と『見た目』のバランスの妙が、その魅力を形成していたと思います。時に歌の上手さが仇(あだ)になることもありましたし、大事なのは3分そこらの歌世界を「どう演じるか」だったはず。その点、今のアイドルビジネスは「歌声」よりも「コンセプト」勝負な風潮が強く、歌声はおろか、人材や音楽もマーケティングされ過ぎていて、昔のような刹那的で絶対的な魅力には欠ける印象があります。アイドル音楽というのは、危うくてナンボ。しかし今は、根拠や分類、理由と結果を予め明確にしないと手に取ってもらえない。昨今のアイドル歌手をはじめとする流行音楽が、私にはどこか理路整然とし過ぎて退屈に感じるのは、そこです。『歌が上手い』というコンセプトのもとで売れている音楽すら存在します。採点機能や順位性に人の感情が支配されている感は否めません。
そんな有意義な話を林先生とさせて頂いている間も、「で、結局いちばん上手かったのは誰ですか?」と執拗に訊いてくる編集者。あきらめが悪いったらありゃしない。だいたい70年代と80年代では、アイドルの歌唱法も声質も流行りも違います。しかもあろうことか、順位付けする歌手のリストが、勝手に絞り込んである始末。「こんな無意味な企画はやめて、今日の対談をまとめて頂ければ、絶対に良い記事になりますから!」と、ランキングに関しては編集者任せにしてしまったのがまずかった。ページを開くと、とんでもないことに。『歌うまアイドル』1位は明菜ちゃんで、2位は百恵ちゃんですって。4位は安室ちゃんで、9位に森昌子さん……。余りの滅茶苦茶とトホホ振りに思わず笑ってしまいましたが、やはり許せん。さすがの私も、ここまでいい加減な仕事はしません。林先生がこんなセンスの無い人間だと思われるのも耐えられない。最終チェックを怠ったこちら側の落ち度もあるので、雑誌名は明記しませんが、二度とごめんです。あー腹立つ! ちなみに私は「山瀬まみ」の名前を挙げました。あと、安室ちゃんは90年代の歌手ですよ。バカだわ、週刊〇代。
※週刊朝日 2016年9月23日号
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