その頃は英語ができるアイドルというのがいなかったので、英検のポスターに起用されたり、「100万人の英語」という教育ラジオの番組を担当させていただいたりして、優等生のイメージが付いたと思います。

 少し経って、19歳のときに、変装してディスコに行きました。踊るのが大好きですから。変装といっても、野球帽をかぶって、アラレちゃん眼鏡をかけたくらいですけど。それで渋谷のキャンディキャンディに。仲のいい友達大勢と行ったので、目立ってはいなかったと思います。グループで踊って汗をかいて、スパッとよし帰ろうと。健全なディスコでしたね。ジュリアナが流行りだした頃から、音楽の好みが合わないので、ディスコに行くのは止めました。

 私がデビューした頃に、写真週刊誌が創刊されました。自宅の前に、宅配ピザのバイクがズーーッと止まっていて、近づいてみたら荷物のところに穴が開いていて、中にビデオカメラのようなものが入っていたなんてこともありました。

 私は一浪して大学に入ったんですが、もうその頃はバリバリアイドルではなかったし、学校の友達と一緒に居酒屋さんとかに出かけるじゃないですか。事務所からは「男性と二人きりで写真を撮られないように気をつけて」と言われました。

 大学のときには今の主人とデートするなど普通にお付き合いをしていました。主人とは写真を撮られなかったんですが、別の男の子と一緒に映画を見た後でコーヒーを飲んでいるところを撮られたんです。夜遅かったから「深夜デート」とか書かれて。全然怪しい関係でもないから良かったんですけど、表に出ちゃったから彼に悪いなあと思って……。そんなこともありました。

 アイドル当時から仲の良かった石川秀美ちゃん、松本伊代ちゃんとは、今でも交流しています。秀美ちゃんは家に料理の先生を招いて、教室を開いてくれたこともありました。三十数年間、変わらずに友達付き合いができるって、嬉しいですよね。

 私はこれからもずっと歌い続けたいと思っています。伊代ちゃんとは、70歳になってもジョイントで歌いたいよねって話をしています。

早見優(はやみ・ゆう)
1966年に日本で生まれ、グアムとハワイで育つ。82年4月「急いで!初恋」でデビュー。翌年4月発売の「夏色のナンシー」でトップアイドルに。8月24日にミニアルバム「Delicacy of LOVE」を21年ぶりにリリース。11月6日、銀座ケントスでライブ

週刊朝日 2016年9月30日号記事に加筆