ファンの人には申し訳ないが、わたしはこのCD『ホワッツ・ニュー/リンダ・ロンシュタット』が大っ嫌いである。なぜ嫌いなものをあえて出してくるかは後で詳しく述べるとして、なにもリンダ・ロンシュタットという歌手が嫌いなわけではない。ロックやポップスを唄ってるリンダは平気なのだが、あのキャピトル黄金時代に活躍した名指揮者ネルソン・リドルを従えてスタンダード・ナンバーを唄うとなると、なんともいえない嫌悪感を抱いてしまう。こんなものがジャズといえるかッ!硬派な「ジャズ・ストリート」の読者諸君だってそう思うだろう。ところが、どういうわけか、オーディオ・マニアのなかには、このCDを愛好する輩が多く存在するから困ったものだ。
さて前回のつづき。クラシック音楽愛好家の先生のお宅で、ビリー・ホリディの『レディ・イン・サテン』をかけたら、音が歪んでしまってどうしようもなかった、というところからである。
ここに取り出しましたるは、東急ハンズや手芸店などで売ってるジルコンサンド、通称“オセアニアの砂”を小さじ一杯、ガムテープでサンドイッチしたもの。これを両スピーカーコードと床の間にチョイと挟み込む。えっ?たったそれだけ?そう。たったこれだけで、苦しそうに呻いていたスピーカーが、のびのびと歌うようになったのである。
普段から、そんな怪しい砂を持ち歩いてるわたしもわたしだが、それにしても「ダウン・トゥ・アース」とはよく言ったものだ。砂に振動をアースしてやるだけで、まさしくジャズの音になるのだから。
ジャズ嫌いの先生も、これには目を剥いて驚いていらっしゃったが、やはり「アーシーな音」は、普段お聴きになるクラシック音楽には向かないらしく、あれこれ試した末、“オセアニアの砂”の使用は断念されたという。そうなのだ。単に静電型スピーカーだからバイオリンが得意とか、ホーンスピーカーだから管楽器が得意だとかいうような単純な問題ではなく、クラシックとジャズの価値観は、オーディオを追求すればするほどに、どうしても両立しない側面を持っている。これは、音楽の要素に深く関連する、とてもとても重要な問題だったのだ。
ここで再びリンダ・ロンシュタットに登場願おう。彼女の『ホワッツ・ニュー』もストリングスオーケストラをバックに唄ったスタンダード集という意味では、ビリー・ホリディの『レディ・イン・サテン』と共通する。『レディ・イン・サテン』は、ジャズ向きに調整されたオーディオで再生しないと真価を発揮しないが、じつは『ホワッツ・ニュー』を鑑賞するには、クラシック向きのオーディオでないといけないのである。
そもそも、このレコードがオーディオマニアの間で流行したのは、英国のクラシック向きスピーカーとして有名なタンノイ社が、デモンストレーションでかけてまわったからである。タンノイのスピーカーだと美しく鳴るんだ、これが。
ジャズ向きのアメリカ製スピーカー、JBLでかけると、リンダの唄が、もう赦しがたいほどヘタクソに聞こえてしまう。わたしがこのCDを毛嫌いするのは、常にJBLのスピーカーを使って聴いてるせいなのだ。
もちろん世の中には、クラシックもジャズも両方聴く人や、JBL使いのリンダファンもいらっしゃるだろうし、タンノイでジャズを鳴らすよう調整している方もあるから一概にはいえないが、一般的にジャズ向きのシステムでクラシックを聴く、あるいはその逆、クラシック向きのでジャズを聴くと、演奏者の意図がうまく伝わらず、場合によっては嫌悪感を抱いてしまうことさえある。
音楽を評論する立場の人も、知ってか知らずか、どちらかに偏った傾向のオーディオ装置を使って聴いてるわけで、そうなれば評価に違いが出るのは当然のことである。
クラシック用、ジャズ用を分けているものとして、主に使う音階の違いや、クラシック音楽で出してはいけない音の制約、ハーモニーや倍音の使い方の違い、それらに伴うビートの発生など、じつにさまざまな「音楽的要素」つまり「音楽の内容」が、驚くべきことにオーディオという電気製品の鳴りようにまで影響を与えていたのだ。
知らなくたってジャズは聴けるが、そこまで知っててジャズを聴く人、なかなかいない。
【収録曲一覧】
1. What's New?
2. I've Got a Crush on You
3. Guess I'll Hang My Tears Out to Dry
4. Crazy He Calls Me
5. Someone to Watch over Me
6. I Don't Stand a Ghost of a Chance With You
7. What'll I Do?
8. Lover Man
9. Good-Bye