おいしい水/アストラッド・ジルベルト
おいしい水/アストラッド・ジルベルト
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 オーディオ装置から出てくる美音を聴くと、「これは、原音が忠実に再現されているから、こんなに良い音がするのだな」と、そのように皆さんは思うかもしれない。じつに真っ当な考え方だ。しかし、原音に忠実でなくとも、良い音がする場合もあるからややこしい。わたしはこのことを見破るのに、オーディオをはじめてからじつに五年以上かかっているが、十年やろうが二十年やろうが、いつまで経っても見破れない人もいて、なかなか悩ましい問題なのである。

 繋ぐと音が良くなるという高級オーディオケーブル。見た目も太くて硬くてキンキラキンだ。もちろん繋げば音は激変する。

 おお、これは!?今まで聞こえなかった音がはっきり聞こえる。高音はシンバルの音がシャーンと伸びていくし、低音はズーンと地を這うようだ。そうかそうか。今までのケーブルは、信号が全部伝わってなかったのだな。やっぱりこのくらいコードが太くないと情報のロスが出るのだな、などと妙に納得してしまうオーディオマニア。

 危ない、じつに危ないぞ。洗脳はすでに始まっている。真相はこういうことなのだ。

 ホースのように太いオーディオケーブルなので、水道ホースとして考えてみよう。蛇口をひねると、その特製高級水道ホースからは、まるで甘露のようにおいしい水が出てくる。

 それを飲んだあなたは、「そうか!この水道の水は、もともとはこんなに甘かったのだ!今までのホースには浄水機能がついてなかったから甘さがわからなかったのだ!」と、勝手に納得する。

 さて、その「おいしい水」の正体とは?

 A、水道ホース付属の、ろ過浄水機能が有効に働いて、水本来の甘さが復活した
 B、水道ホースの内側に、砂糖がびっしり塗ってあり、水が通るたびに溶け出して甘さが加わった

 どっちが正解だと思いますか?

 実際、オーディオケーブルには、いろんな種類があり、それぞれ効能が謳われている。通電性のよい銀線あるいは銀メッキ、高純度銅を使ったケーブル。端子に18Kや軟らかい24Kの金メッキを施して、接続部の密着性を高めているもの。外部からのノイズ進入を防ぐために、線材のまわりをカーボンなどの電磁波吸収素材で覆ってあるものなどなど。

 いずれも上流からの信号を一滴たりとも漏らさず伝えることをアピールしているようだ。

 話を聞いてると、いかにも凄そうで、頭がクラクラするが、なんのことはない。これらの効能、ほとんど効果の期待できないものばかり。ところが、実際にこういうケーブルを使うと、音がコロコロと変化するから、やはり効果ありと錯覚してしまうのだ。ケーブルを作っているオーディオメーカーも、自らそうと気づかず、お客様のためと信念をもってそういう商品を開発しているのだから、まったくもって始末がわるい。

 金、銀、高純度銅、それからカーボンや、ケーブルを覆う網など、これらひとつひとつに固有の音があり、使用するたびに、再生音にその素材の音が乗ってくる。

 貴金属の音は、煌びやかで、ちょっと聴くと音がゴージャスになって良いように感じるのだが、所詮は「作り物の音」なので、いろんな曲をかけたらすぐにボロが出る。それを「原音に近づいた」と思ったとたん「ケーブル地獄」の罠に落ちるのだ。

 考えてもみたまえ。水本来の甘みを最先端浄水機能で引き出すのと、砂糖をぶち込むのと、どっちが簡単に「おいしい水」が作れるかを。

【収録曲一覧】
1. ワンス・アイ・ラヴド
2. おいしい水
3. 暝想
4. アンド・ローゼズ・アンド・ローゼズ
5. 悲しみのモロ
6. お馬鹿さん
7. ジンジ
8. フォトグラフ
9. 夢みる人
10. あなたと一緒に
11. サヨナラを言うばかり

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