ジャズファンには、アコースティックなもの以外受け付けない人が常に一定数ある。いわゆる“電化マイルス嫌い”や“フュージョン嫌い”がそうである。まあ単純に、音楽のスタイルそのものが気に入らん人や、スーツも着ないでチャラチャラした格好で演奏するのが気に入らん人というもいるのだろうが、本来制約がなく、自由な音楽であるはずのジャズが、そんな形で制限され、受け入れられないというのも妙な話だ。そこで、オーディオマニアの視点から、この問題に斬り込んでみよう。要するに、電化マイルスがうまく鳴らんから、良さがわからんだけではないのか。
わたし自身のオーディオ的目標のひとつは、マイルス・デイヴィスの音源、'40年代から最晩年の『ドゥー・バップ』まで、すべてまんべんなく良い音で鳴らすことである。オーディオ機器が良い音で鳴る、鳴らないは、機材や録音の良し悪しだけでなく、音楽の内容そのものが大きく影響するのだということは、これまで何回も述べてきたことだが、マイルスのように、音楽スタイルが様々な変遷を経てきたミュージシャンは、どれもこれも完璧に鳴らすには骨が折れる。
オーディオマニアに受けのいいマイルスの音源は、だいたいプレスティッジ・レーベルの時代で、『ザ・ニュー・マイルス・デイヴィス・クインテット』通称“小川のマイルス”などは、ヴァン・ゲルダー録音ということもあり、とても重宝されている。オーディオショップで、JBLやらアルテックとかいう世界の名機を揃えたら、いきなり雰囲気たっぷりに鳴ってくれるのもこのあたりの録音。これがコロムビア移籍後のものになると、若干オーディオ的面白みが失せるようで、あまり話題になることはない。
再生が難しくなってくるのは、特に本格的に電化のはじまった『ビッチェズ・ブリュー』以降。もうなんだか、ジョー・ザヴィヌルとチック・コリアの怪しいエレピが、ベニー・モウピンのバスクラのモワモワサウンドと相まって、混沌の音世界が展開する。ただでさえ音楽が難解なのに、これだけ音が絡まりあってくると、うまく鳴らすのはかなり困難だ。“電化マイルス嫌い”がお手上げになるボーダーラインも大半はここにあると思う。
ほかに手強かったのは、ギャギャーン!とパワーコードも強烈な『ジャック・ジョンソン』。ジョン・マクラフリンのギターである。ここで彼が弾いているフェンダーのサウンドは、再生がまずいと、まるでヘタクソな軽音楽部の高校生が弾いてるように聞こえてしまうのだ。今は大丈夫だが、最初の頃は、なんだか恥ずかしくて、冷や汗を拭き拭き聴いたものだった。
マクラフリンといえば、シタールやタブラなど、インド系楽器大活躍の『オン・ザ・コーナー』もたいへんだった。ウワー!!とヤケクソになって大音量で聴いてしまうのも手ではあるが、こういうのは再生音に少しでもわざとらしさがあってはいけないのである。音の洪水のなかに静寂を見つけるがごとき境地に達するのは10年の苦行を要したものだ。
また、わたしの友人でオーディオ評論家の村井裕弥氏は、『ユア・アンダー・アレスト』以降のポップマイルスがダメだと嘆く。氏のスピーカー、ルーメンホワイトは590万円。オーディオセットの総額はゆうに一千万を超え、マンションのリフォーム代から電源環境の整備代まで含めると、天文学的数字(?)になるはずだ。それでもポップマイルスは鳴らない!えっ?うち?うちの、ポップマイルスは、まあ、まあ、だ(^^;
【収録曲一覧】
1. Right Off
2. Yesternow