「生きる原点の田んぼが放射能で汚された……子も孫も戻ってこられない。東電には責任をとってもらいたい」[2012年6月](撮影/大石芳野)
「生きる原点の田んぼが放射能で汚された……子も孫も戻ってこられない。東電には責任をとってもらいたい」[2012年6月](撮影/大石芳野)
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浪江町請戸。6キロあまり先に、東電福島第一原発の排気筒が見える。津波で流された船は、いまだ片付けられていない(撮影/大石芳野)
浪江町請戸。6キロあまり先に、東電福島第一原発の排気筒が見える。津波で流された船は、いまだ片付けられていない(撮影/大石芳野)

 東日本大震災と、続く東京電力福島第一原発事故から5年を迎える。打ち切られる補償、進む原発の再稼働。禊は済んだと言わんばかりだが、福島では現在も10万近い人々が生業を奪われ、土地を追われたまま、避難生活を強いられている。現地に通い続けたからこそ見えたものを、常にレンズを通して人の心を見つめてきたフォトジャーナリストの大石芳野さんが追う。

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 5年を迎える今年、被災地を歩きながら、何が変わって、何が変わっていないのかを考えた。放射能に汚染され、人の姿が消えて静まり返った村々。大地は荒れ、汚染土などを詰めたフレコンバッグの山また山のおぞましい大地に変わり果てた。

 除染された田畑を見守る憂鬱な表情。「表土こそ農業のいのち。再生に何年かかるか」と、ある農夫は怒りを滲ませた。仮設住宅には「土が耕せなくなり、人間でなくなったみたいだ」と涙ぐむ姿もある。若者以外の就業は難しく、心身を病みがちになる。アルコールやパチンコなどに救いを求める人に「補償金を遊びに使って」と非難する声もあるが、自分だったら瞑想や読書の日々を送れるだろうか。

 借り上げ住宅で一人暮らす女性は「元の状態に戻してくれるなら補償金はいらない」と鋭い眼差しを向けた。追い込まれた人びとが、心の闇をかかえたままの理不尽な状態が続いている。

 汚染水が流出する問題は、いまだ解決されていない。2号機からの放射能漏れや甲状腺がんの疑いも相次ぐ。ふるさとも生業も奪われ、人生を否定されたにも等しい状態で5年も経ち、人びとの心の闇は深まるばかり。福島での震災関連死は、震災直接死を上回って2千人を超え、自殺者は毎年2桁を下らない。

 震災以降、すべての原発は停止したが、電力は足りていた。にもかかわらず再稼働は進み、東電福島第二原発の廃炉すら決定していない。被災者たちは、「私たちを棄てるのか」と反発する。ある年配の農夫は「農業は金儲けよりも土への思い入れが大事だ」と語り、農業から離脱する若者が増えていくと予測する。「原発事故はそれほど大きかったということを日本中が知るべきだ。それなのに再稼働はないでしょう」と唇を噛んだ。

「フクシマ」の、途轍もなく深い傷痕がつきつけているものを、私たちは忘れてはならない。

週刊朝日  2016年3月18日号