“伝説のディーラー”と呼ばれモルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏は、米国の利上げの方法を日銀はまねできないという。

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 冒頭から下品な話で恐縮だが、落語で聞いた小話だからお許しを。

 もっとも、そんな小話を覚えている私はやっぱり下品なのかも? ちなみにバレンタインデーの私のお返しは毎年、花と決めている。ある男性がバレンタインデーのお返しに女性下着を買いに行った。パンツ、ブラジャーはともに5千円だったそうだ。彼は値下げ交渉に出た。ところがデパートなので値下げに応じるわけにはいかない。そこで対応した熟練女性店員が客に提案した。「それではパンツ4千円、ブラジャー6千円にいたしましょう」

 男性は大喜びで両方を買って帰った。それを横で見ていた若い女性店員が熟練店員に聞いた。「合計は1万円と変わらないのに、なぜ、あの男性は大喜びだったのですか?」

 熟練店員が答えて曰く、「とかく男性はパンツを下げて、ブラジャーを上げるとうれしがるものなのよ」

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 米国FRB(連邦準備制度理事会)の利上げが迫ってきたようで、6月だ! 9月だ! とマスコミもマーケットもその時期の予想に大忙しだ。為替や長期金利の動向に、かなりの影響を及ぼすと思われるからだ。

 
 しかし、今回の利上げは、時期以上に、その方法こそが注目なのだ。1メートルの崖の下に降りるのは簡単だ。単に飛び降りればよい。しかし月では、飛び降りようとしても重力が小さいのだから話は別だ。それと同様、異次元の量的緩和というルビコン川を渡った以上、中央銀行は金利を上げるのも下げるのも、昔と同様に簡単ではなくなった。

 以前は、中央銀行が金利を上げようと思えば、銀行間市場に供給している資金量を少し絞ればよかった。

 江戸時代に米価を上げたければ、幕府が武士に渡すコメの量を少し減らせばよかったのと同じだ。しかし、豊作が10年続き、武士、町人、農家の米蔵に米がうなっていれば話は別だ。同じように市中に資金がジャブジャブにあれば、中央銀行が多少資金量を絞っても金利はビタ一文上がらない。

 資金が市中にうなっているこの時期に金利を上げるためにFRBが考えだした方法は、FRBに置いてある民間銀行の当座預金への金利を引き上げていく方法だ。皆さんが民間銀行に預金するがごとく、民間金融機関もFRBに当座預金を置いている。そこに付利する金利を上げていくのだ。

 その金利を1%に引き上げれば市中金利は1%以上になる。民間銀行はFRBに預ければ1%もらえるのだから、それ以下で融資をしたり、他行に貸すことはないからだ。量的緩和の際に利回りの高い米国債やMBS(住宅ローン担保証券)を買ってきたFRBはこの方法を採用できる。

 収入が多いから、当座預金に高い金利を払っても泰然としていられるのだ。

 問題は日銀だ。私が参議院財政金融委員会で質問したところ、2013年度の日銀の保有債券の平均利回りは0.48%だという。今後、年間80兆円ずつ買う長期国債の利回りはさらに低く、平均利回りをグイグイ押し下げていく。

 収入は低い。この状況で、民間銀行に高い金利を払い始めたら、日銀は損失の垂れ流しとなる。債務超過どころか倒産の危機もある。そうなれば円も長期債も株式も大暴落だ。

週刊朝日 2015年4月3日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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