世界中を揺るがす中東過激派組織「イスラム国」に参加しようとしたとして、警視庁公安部が北海道大学の男子学生(26)=休学中=を「私戦予備・陰謀」という耳慣れない容疑で事情聴取した。日本にもシンパがいたという衝撃は大きいが、公安部の注意喚起の思惑も透けて見える。
シリアの求人が書かれた貼り紙があった古書店は、東京・JR秋葉原駅から歩いてすぐの雑居ビル1階のいちばん奥にある。オープンは今年4月。15平方メートルほどの広さで、漫画や雑誌が並んでいたといい、店主を知る男性はこう言う。
「40歳代くらいの普通の男性が経営している普通の古書店という印象だった」
だが、この書店の一角に「勤務地:シリア 詳細:店番まで」と書かれた貼り紙はあった。男子学生が店側に渡航の希望を伝えたのは4月ごろという。
捜査関係者によると、古書店関係者は、元同志社大学教授の中田考氏(54)に男子学生を紹介したという。中田氏は東京大学イスラム学科の出身。2003年から11年まで、同志社大学神学部の教授を務めた人物だ。代表を務める会社のホームページで経緯を次のように説明していた。
<現地の友人たちから戦闘員の月給が30~50ドルであることを聞き、ツイッターで紹介したら、知り合いだった古書店の店員が貼り紙をしたのが発端です>(要約)
中田氏はフリージャーナリストの常岡浩介氏(45)に男子学生を紹介。現地の「友人」らと連絡を取るなどして、常岡氏の取材に同行する形での渡航計画を立てたという。
男子学生は、和風のイケメンで軍事マニア。だが、常岡氏によると、イスラム国を目指す動機は――。
常岡氏はさらに言う。
「現地ではテロリストでさえ、シリアのことを思い、心を痛めている。シリアに関心がない人はいない。この学生は本気で行く気はないだろうと直感した」
明るく爽やかに自殺願望を口にする様子にも違和感があったという。直感があたったのか、当初の出国日だった8月11日の当日、男子学生は、「友人にパスポートを盗まれたので、警察に行く」と言いだし、出国をドタキャン。しばらくして、「警察に『イスラム国へ行くのか?』と聞かれた」と言い、常岡氏がもともと仕事で渡航を決めていた10月7日に別の便を予約したという。公安部の捜査員7人が、都内の常岡氏の自宅に家宅捜索に来たのは、出国前日の6日夕方。任意同行は拒否したものの、パソコンやカメラなどが押収されたという。
男子学生は調べに対し、
「就職活動がうまくいかなかった。死にたかった」と話し、やはり戦闘地に行く気はなかったようだ。
「これは取材妨害だ。国連安保理が、テロ目的で外国に渡航する者を各国で処罰するよう求めることを決議し、日本の警察当局としても成果を示す必要があったのだろう」(常岡氏)
司法関係者も指摘する。
「公安事件は通常、家宅捜索の場面がニュースで流れることはないが、今回はカメラに撮らせていた。『海外で戦闘に加わろうとすると、罪になる』ことのアピールだろう」
実は刑法の「私戦予備・陰謀罪」には実際、現地で戦った場合の規定がなく、これも捜査に影響したとみられる。東京造形大学の前田朗教授(国際刑法)の解説。
「外交上の利益を守るための法律であり、予備と陰謀罪しかありません。現地の戦闘で人を死なせれば、殺人ですが、日本でわざわざ裁判をするでしょうか」
(本誌・古田真梨子)
※週刊朝日 2014年10月24日号