両陛下が対馬丸記念館で懇談をしている同じ時刻。対馬丸の生存者でマリアさんの妹、平良啓子さん(79)は、自宅で静かに過ごした。
「皇民化教育の結果、大勢の子供たちが死んでいった。私は、両陛下にお会いする気はありません」
平良さんは事件当時、国民学校4年生。一緒にいた従姉妹の時子さんは、漂流中に目の前で波に流された。平良さんは海面に浮く遺体の山をかき分けて泳ぎ、筏(いかだ)にしがみついて生き延びた。沖縄の家族のもとに戻ると、時子さんの母親に「時子を太平洋の真ん中に置いてきたの?」とたずねられた。被害者のはずが、加害者としての苦悩も背負うことになった。
平良さんは19歳で学校の教師になり、対馬丸での体験を子供たちに話し始めた。「対馬丸」の語り部として、全国の学校や組織に呼ばれた回数は、650回を超える。
「天皇ご一家に、人としての親しみは感じますが、天皇制は嫌です」(平良さん)
対馬丸記念館の関係者によれば、両陛下が対馬丸記念館を訪問するというニュースを受けて、沖縄県内の学校から、天皇、皇后が対馬丸の関係者と懇談するなら、学校の平和学習で対馬丸の語り部を招くのをやめるかもしれない、と声があがったという。
事件で家族9人を失った対馬丸記念会理事長の高良(たから)政勝さん(74)も、こう語る。
「沖縄にとって両陛下の来県は歓迎一色ではありません。だが、国の象徴である天皇が対馬丸の慰霊においで下さり、祈った。これで犠牲者に申し開きができる」
両陛下は、沖縄滞在中、沖縄平和祈念堂や国立沖縄戦没者墓苑、そして対馬丸の犠牲者の慰霊碑である「小桜の塔」を訪れた。おふたりは、深く頭を垂れ、祈りを捧げた。
※週刊朝日 2014年7月11日号