10月13日、愛子さまが風邪をひき運動会を欠席されたため、雅子さまは姿を見せなかった。しかしこの日、岐阜県では全国障害者スポーツ大会(障スポ)が開かれ、皇太子さまが臨席していた。病気療養中の雅子さまは公務よりもプライベートを優先しているのだろうか。
障スポは、天皇陛下が東宮時代に提言したことがきっかけで始まった、天皇家とかかわりが深い行事だ。天皇陛下は東宮時代、ほぼ毎年出席し、欠席したのは昭和天皇が危篤に陥った1988年だけ。美智子さまもこのときと、礼宮さま、紀宮さまを出産した前後の3回を除いて出席していた。
皇太子の重要行事である「8大行啓」の一つと位置づけられていて、今も皇太子さまは毎年出席しているが、雅子さまは愛子さまが初等科1年生と2年生のときも障スポに出ず、日程が重なった愛子さまの運動会に足を運んだ。病気療養中で、「会場が遠方でご負担になる」というのが欠席の理由だった。
だが、愛子さまが3年生の年には、障スポの会場が幕張メッセだったのに、雅子さまは開会式が行われているのと同じ時刻に、20キロ弱しか離れていない東京都江戸川区の公営アイススケート場で愛子さまに付き添っていた。
このとき、宮内庁幹部は、「雅子さまは、公務や皇室が守ってきた作法よりも、私事を確信的に優先なさっている」と嘆いた。体調が万全でないとはいえ、今回も平然と運動会に姿を見せていれば、批判は免れなかっただろう。
※週刊朝日 2012年10月26日号