自分の曽祖父の暗殺と深くかかわる人物が目の前にいる。ただ、研究対象として見た印象については、こうも語っている。
「大いばりの悪い人だと思っておりました。歴史的な評価は変わるものではないけれども、うかがうと軍人なりに国のことを思ってやったんだと。そういうお答えでした」
後に結婚することになる緒方四十郎(元日銀理事)の父はジャーナリスト、政治家の緒方竹虎。1936年の「二・二六事件」の際、竹虎が当時主筆だった朝日新聞は反乱軍に活字棚をひっくり返された。
「言論機関とか銀行、外務省などの専門的な組織をしっかり維持しないといけない。そうしないと訳のわからない乱暴者にやられる。そういう哲学で育ってきた。もちろん、軍隊全部に反対しているわけではありませんよ。ただ、軍部が政治に介入すると危険だという教訓は
身にしみています」
軍隊が暴走したときの危険性を踏まえつつ、軍隊の役割、使い方は否定しない。そうした現実主義的(プラグマティック)な対応は、高等弁務官に就任した直後に発生したクルド難民危機で、イラク領内に安全地帯を設け、避難民の保護に多国籍軍を活用するという前例のない決断にもつながる。
「軍隊だから頼まないとかいうよりも役に立つなら頼めばいいじゃないかという発想でした」
難民条約では、国境を越えていない人々は国内避難民で難民ではない。従来の考えでは、UNHCRが支援する対象は難民だけだった。それでは解決できない状況になったときにどうすればいいのか。
「私は人間を助けるということが何より大事であると考えました。(中略)どんなに条約を守っても、そこにいる人々の半数が殺されたのでは何にもならない。このような判断ができるのは当時、(高等弁務官である)私しかいなかったのです」
(石合力[いしあい・つとむ]/東京本社編集局長補佐[前ヨーロッパ総局長])
※「原因のひとつは日本にある 緒方貞子さんが生前語った中国、韓国と上手くいかない理由」へつづく