

「年賀状くれへんか」
【おっちゃんたちの作品がびっしりはられた、ゲストハウスの壁や天井】
2017年11月、一人暮らしをする70代の男性が訪れたのは、あいりん地区で無料公開講座「釜ケ崎芸術大学」を開き、芸術を通して労働者らを支援するNPO法人「こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」が運営するゲストハウス。「今年は一通も届かへんかった。年賀状くれへんか」。そう言った男性の手には、自分の住所を書いたメモがあった――。
日雇い労働者の街として知られる大阪市西成区の「あいりん地区」(通称・釜ケ崎)。かつて仕事を求めてこの街を訪れた多くの労働者の中には、高齢になり、独りで暮らす人も多い。そんな“釜のおっちゃん”たちに年賀状を送るプロジェクトが、現地のNPO法人を中心に進められている。
男性から依頼を受けたココルームの代表で詩人の上田假奈代さん(49)は、「もしかしたら、他にも年賀状がほしいおじさんがいるかも」と思い、街なかやゲストハウスで会う人会う人に「年賀状がほしくないか」聞いてみた。すると、最初の男性も含めた約10人が「ほしい」と答えた。1通だけ届いた薬局からの年賀状を、「すごくうれしかった」とずっと持っている男性もいた。
最初は自分だけで彼らに年賀状を送るつもりだった。だが、イギリスでグリーフケア(身近な人を亡くして悲嘆にくれる人に寄り添い、支援する活動)をしている友人に話すと、「当たり前にある行事の時に親がいなかったりすると、悲しみやつらさがこみ上げてくる。イギリスからなら書いて送るわよ」と言ってくれた。
それなら、釜ケ崎で独りで暮らすおっちゃんたちと、彼らに年賀状を送ってみたいという人たちをつなげられないか。こうして始まったのが、年賀状プロジェクトだ。ココルームのフェイスブックなどで呼びかけたところ、50人以上が賛同した。上田さんは、年賀状を送ってみたいという人たちに、彼らの人柄や近況などをまとめて伝えた。
年が明け、おっちゃんたちと会ったことがある人や、見知らぬ人たちから、おっちゃんの元へ年賀状が届いた。最初に年賀状がほしいと言った70代男性の元には、約50通が届いたという。