「知らない言葉があっても読み進めよう」という感覚は大切
――本を読むという経験を重ねることで、具体的にどのような力が身につくと思いますか。
山﨑 単純に文章を読むのが速いことに加え、プレディクト、つまり「予測能力」がつくということが挙げられると思います。
たとえば2ページにわたり、誰かのことを褒め続けている文章があったとします。「褒めすぎでちょっと気持ちが悪いな、この後、一気に梯子(はしご)を外すんだろうな」と薄々感じるようになった先に「しかしながら」という接続詞を見つけたら、「想像通りだ!」と思うようになる。
これは、文学作品に限らず論説文にも言えることです。文章を読みながら、作者・筆者の文体に触れ、さらに多くの文章を読むことで、先を見越せるようになる。冒頭を少し読めばその後の展開をある程度は推測できるようになるわけですから、これは国語のテストで非常に役に立つ。
茂山 そう、結末までの展開を含め、俯瞰できるようになるんですよね。授業でも、初読のものを僕が読んでいく時に、序盤の段階で「この話はこの先どう展開していきそう?」と聞くことがあります。合ってなくてもいいから、どんどん答えてもらう。先の展開を考えて読む癖はつけておいた方がいいと思うんですよね。
山﨑 もう一つ、国語の入試問題と対峙するうえで必要な力だな、と思うものがあります。
皆さん、好きなジャンルの本や好きな作家の本を読む際、知らない言葉があったとして、その都度辞書を引きますか? きっと多くの人は「早く続きを知りたい、なんとか言葉の意味を予測し先に進もう」という気持ちになりますよね。「この漢字はどこかで見たことがある」「こうした意味に違いない」と、知識を総動員させ、自分が知っている言葉を代入し、「おおよその意味は合っているだろう」と思いながら読み進めていく。
この「知らない言葉があっても読み進めよう」という感覚は、じつはすごく大事。読書さえしていれば国語の点数が自然に上がっていくわけではもちろんありませんが、こうした“思い切りの良さ”は、限られた時間で文章を読み込み、答えを導き出すうえで、非常に役に立つのではないかと思っています。
(聞き手・構成/古谷ゆう子)