――車好きはずっと変わらなかったんですね。
小学校に入ってからも本当に車が好きで、モーターショーは開催期間中毎日行くようになって、妻は富士スピードウェイや鈴鹿サーキットにも連れて行ったりしていましたね。僕は芸人になる前にトヨタに就職していたことがあって、もともと車は好きだったのですが、あっという間に僕を越えていきました。
息子が喜ぶかなと思ってSNSでモータースポーツのことを発信していたら、その関係の仕事が来ましたし、息子も中学生のときにドイツで開催されたWRC(世界ラリー選手権)の番組でレポーターをやることになって。僕も息子のバーターでついていって、すごくいい経験をさせてもらいました。世界を駆け巡っているモータージャーナリストやカメラマンに会って、いつか車関係の仕事に就きたいと言うようになりました。
妻も努力した高校受験
――中学は地元の公立中学に進学したのですか?
そうです。体がでかかったので柔道部にスカウトされたんですよ。それまでスポーツにハマってこなかったのに、柔道はハマって都大会でベスト4までいったこともありました。それから生徒会とか学級委員とか、委員会の活動のようなものは全部やっていましたね。
高校受験は志望校を西高と決めてからは、家族一丸となりました。妻は内申点を上げるために、音楽や図工の点数を上げるにはどうしたらいいのか、先生に相談に行ったりしていました。それで本当に合格したから、二人のことを心から尊敬しています。
――相方のHGさんや周りの芸人さんたちと子育てについて話すことはありますか?
HGさんやトータルテンボスの2人とか、同世代の子がいる芸人とは、たまに話しますね。「どうして西高に行けたんですか」って聞かれることも多いので「甘やかしてるだけやで」って。どれだけ親が言っても、自分自身がやりたいと思ったことには、かなわないですよね。僕らは息子がやりたいことを一緒にやって、息子が好きなことを一緒に好きになってきただけですから。
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