齊藤彩(さいとう・あや)/1995年、東京生まれ。北海道大学理学部地球惑星科学科卒業後、共同通信社に入社。新潟支局を経て、大阪支社編集局社会部で司法を担当。2021年に退社し、現在は仕事と並行してラクロスに取り組む。本書が初めての著作(撮影/横関一浩)
齊藤彩(さいとう・あや)/1995年、東京生まれ。北海道大学理学部地球惑星科学科卒業後、共同通信社に入社。新潟支局を経て、大阪支社編集局社会部で司法を担当。2021年に退社し、現在は仕事と並行してラクロスに取り組む。本書が初めての著作(撮影/横関一浩)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 今回は、齊藤彩さんによる『母という呪縛 娘という牢獄』を紹介する。2018年3月、滋賀県の河川敷で58歳の女性のバラバラの遺体が発見された。警察はその娘を逮捕。看護師の娘は、母から医者になるように望まれ、9年間浪人生活を送っていた。母と娘に何があったのかを丹念に描いたノンフィクションを丁寧に取材した齊藤さんに、同書にかける思いを聞いた。

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 2018年3月、滋賀県の河川敷で58歳女性のバラバラの遺体が見つかった。3カ月後、死体遺棄容疑で逮捕されたのは、その女性の娘・高崎あかり(仮名)だった。

 あかりは幼少期の頃から、母に医者になるようにと期待され、医学部合格のため9年間浪人生活を送っていた。母から常に監視され、成績が悪いと鉄パイプで殴られたこともあった。

 母から逃げようともしたが、結局は失敗。医学部には行けず、看護学科へ進学した。18年1月20日、あかりはついに母を手にかける。その夜、あかりはツイッターでこうつぶやいた。「モンスターを倒した。これで一安心だ。」

 殺人事件でありながら、どこか他人事だと思えない人も多いのではないか。母と娘の関係はそれほど複雑であり、親子の関係に悩まない人はいないだろう。共同通信の記者として、20年から取材を始めた齊藤彩さん(28)も、これは他人事ではないと、引きつけられていったという。

 齊藤さんは拘置所であかりと面会し、手紙のやり取りを重ね、あかりが母を殺すほど追い詰められるまでに何があったのかを丁寧に取材した。

「彼女は自分の親子関係が異様だったことに当初気づけなかったんです。あかりさんの声を届けたいと思いましたし、世の中にはこういう問題もあるということを彼女としても提起したいと言っていました」

 記事を報道すると大きな反響があり、読者から共感や同情の声があがった。齊藤さんは、この事件を知ることで、親子関係に悩む人の救いになるかもしれないと思い、あかりに書籍化の相談をした。すると、自分の人生を綴った手記が400字詰め原稿用紙で159枚届いた。この手記に加え、裁判記録や手紙のやり取りをもとに、齊藤さんが「透明人間になって、彼女が生きてきた時間を再度なぞっていくような気持ちで」、母と娘に何が起きたのかを描いたノンフィクションが本書となる。

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