本社が入るビルにはデッキがある。開放的な空間で雑談が弾み、いいアイデアが浮かぶこともある(撮影/写真部・東川哲也)
本社が入るビルにはデッキがある。開放的な空間で雑談が弾み、いいアイデアが浮かぶこともある(撮影/写真部・東川哲也)

 かつての起業家が「意思ある投資家」として、次世代の起業家を育てる。そんな循環の中心にいる人々に迫る短期集中連載。第1シリーズの第2回は、画期的なスマートシューズの開発者で、ベンチャー企業ORPHE(オルフェ)の創業者・菊川裕也(36)だ。AERA 2021年8月30日号の記事の3回目。

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 本格的に開発を始めると、IoTベンチャーへの投資会社「ABBALab」(アバラボ)が出資した490万円はあっという間に底をつく。そこで始めたのがクラウドファンディング(CF)。開発プランをネットで紹介し、完成したら真っ先に商品を送る約束で代金を前払いしてもらう。メンバーは映像や音楽に詳しい人間ばかりなので、PRの動画作りはお手の物。暗闇の中でオルフェを履いたダンサーが音楽に合わせて踊ると、靴の光が美しい曲線を描く。動画は400万回再生され、34カ国から11万ドル(約1200万円)が集まった。

 この「11万ドル」という数字が最初の実績になる。菊川はこの実績を携えてベンチャーキャピタルに出資を呼びかけた。孫泰蔵の「Mistletoe(ミスルトウ)」や「Makers Boot Camp(メーカーズ・ブート・キャンプ)」などが応じてくれた。こうしてアバラボの490万円をシード(種銭)に、資金調達が回りはじめた。

 だが、うかうかしてはいられない。CFでは出資してくれた人たちに「16年9月までに4万4800円で製品を届ける」と約束した。動画で示した性能を発揮するには、100個のLEDを制御するIC、9軸センサー、マイコン、スマホとデータをやり取りするための無線部品、それらを動かすバッテリーを靴の中に仕込み、かつ走る時の衝撃や曲げ圧力に耐える仕様に仕上げなければならない。

■量産の壁を乗り越えて

 これだけの機能を入れ込んだ靴を4万4800円で作ろうと思ったら、日本の工場には頼めない。菊川と金井は何度も中国に足を運んだ。しかし工場の担当者は一様にあきれた。

「そんな面倒臭い靴を、それっぽっち作って、いくらのもうけになるんだよ」

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