2007年に短編映画で監督デビューを果たしたヤンヒ監督だが、本作を撮るまで10年かかった。諦めなかった理由を尋ねると、「映画を撮る以外にやりたいことがないからです」と即答した。

「私は子どもの頃に観た、リバー・フェニックス主演の映画『旅立ちの時』に大きな感動を受け、映画を作りたいとずっと思ってきました。私には、映画を撮ること以外に人生の意味がないんです」

 念願の第1作を撮っても生活自体は変わらなかったが、唯一、「映画と人生を同一視しなくなった」と言う。

「以前は監督デビューが人生であり、それが成功につながるんだと映画と人生を同一視していました。そのために、気持ちが落ち込んでしまうこともありました。でも、今は映画は人生の一部。いいシナリオを書くためにも自分の生活をしっかり生きていきたいですね」

◎「詩人の恋」
売れない詩人が切ない恋を通して成長する姿を描く。11月13日から東京・新宿武蔵野館ほか全国順次公開

■もう1本おすすめDVD「あゝ、荒野」

 寺山修司の小説を映画化した「あゝ、荒野」(2017年)。ひょんなことから出会った新次(菅田将暉)と建二(ヤン・イクチュン)が、プロボクサーとして突き進む姿を描く。映画公開当時、前編後編合わせて300分超という上映時間にひるんだものの、観始めたらボクシングの勢いさながら、時間も忘れて熱くなってしまった作品だ。

 舞台は2020年の東京オリンピック後。少年院上がりの新次は、裏切り者の裕二に殴りかかるが、プロボクサーとしてデビューしていた彼に逆にボコボコにされてしまう。そんな新次を助け起こしたのは、吃音と赤面対人恐怖症に悩む建二だった。二人の一部始終を見ていた元ボクサーの堀口は、二人を自身のジムへ勧誘。厳しい訓練に耐え、同時にプロデビューを果たした二人はそれぞれの思いを胸にプロボクサーとして成長していくのだが……。

「詩人の恋」ではぽっちゃり体形のヤン・イクチュンだが、ここでは別人のように引き締まった体で、切れ味鋭いボクサーへの変容を見せる。キム・ヤンヒ監督がテッキ役をイクチュンへオファーしたのは、本作の撮影が始まる前。比べて観てほしい。

◎「あゝ、荒野」特装版DVD−BOX
発売・販売元:バップ
価格8900円+税/DVD発売中

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2020年11月16日号