スペイン語で「私がとる」という意味のヨ・ラ・テンゴのメンバーは、アイラ・カプランとジョージア・ハブレイという夫婦に、ジェームズ・マクニューを加えた3人。それぞれのキャラクターがはっきりしていることもあり、ディランやスプリングスティーンのようにメジャー・レーベルで活動したことは一度もない。全米規模のヒット曲があるわけでもない。しかし、インディペンデントであることを楽しみながら活動している理想的なロック・バンドとして、世界中に熱心なファンを抱えている。90年代以降は、日本でもコンサートを頻繁に行ってきた。開催されるたびにオーディエンスが増え、しかも客層は若返るという極めて珍しいバンドだ。企画作品やベスト盤、コラボ作などを含めるとアルバムの数は30枚近い。最新オリジナル・アルバムは2019年発表の「スリープレス・ナイト」になる。


 
 コロナ以降、そんなヨ・ラ・テンゴの底力を改めて実感する機会が増えている。7月、彼らはアーティストが自由に楽曲配信と販売ができる人気音楽プラットフォーム「バンドキャンプ」を突如利用し始め、大きな話題を集めた。そこで立て続けに公開(販売)された新曲群が、まるでスタジオでの練習のような側面を持つスポンティニアスで前衛的な曲だったからだ。実際、彼らはコロナ禍の社会的ルールに従いながら、地元のニュージャージー州ホボーケンのリハーサルスタジオに3人だけで入り、「練習のための練習」のごとく音を鳴らし、その時の録音を「バンドキャンプ」で発表したのだ(その後、それらスタジオセッション曲は『We Have Amnesia Sometimes』としてまとめて配信された)。

 7月半ばにはそのスタジオから2日間にわたってライブを有料生配信することも敢行。現在、海外アーティストの多くが楽曲の売り上げを医療従事者や人権保護団体などに寄付しているが、ヨ・ラ・テンゴもこの時をチャリティーライブの扱いとした。他にも建物の屋上でライブをしたり、過去作品を最新の音にリマスタリングして積極的に再発売したりと、コロナ禍でできる範囲とはいえ、いつにもましてフットワーク軽く活動をしている。この半年ほどで既に配信ライブに飽きたり物足りなさを感じたりする音楽ファンも多いようだが、彼らのこうした真摯(しんし)な行動力こそが、音楽の持つ力を際立たせていることは間違いない。実際、彼らの配信ライブを観てみると、退屈で物足りないどころか、狭くて質素なスタジオの中でもエネルギッシュに邪気なく音を出して届けようとする彼らの思いに胸を打たれる。彼らの「どんなときもファンを楽しませたい」というその思いと実行力。もちろん、それこそ36年間、ブレずに貫いてきたタフなDIYスピリットによるものであることはいうまでもない。

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