エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
国は女性活躍を掲げてきたが、2019年のジェンダーギャップ指数は153カ国中、過去最低の121位。今年7月、すべての女性が輝く社会づくり本部の会合に臨む安倍首相(左) (c)朝日新聞社
国は女性活躍を掲げてきたが、2019年のジェンダーギャップ指数は153カ国中、過去最低の121位。今年7月、すべての女性が輝く社会づくり本部の会合に臨む安倍首相(左) (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】すべての女性が輝く社会づくり本部の会合に臨む安倍首相

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 私はかねて、日本が変わるには男性たちの穏当な母殺しがなされなければならないと考えています。

 およそ10年前に始まった娘たちによる母子関係の告白は、いわゆる毒母・毒親ものとされる著作も多く、もはや定着した感があります。それに比べると、男性が母との関係を語ることはまれです。しかし、告白が少ないから母と息子の関係には問題がないとは言えません。むしろ問題が大きいからこそ、語られないのではないでしょうか。

 精神科医の春日武彦さんや芸人の若井おさむさんは、母親との葛藤を告白し、ネガティブな感情も吐露しています。両氏に限らず、母との関係に悩む男性は確かに存在するのに、なぜか共感の輪が広がりにくいのです。女性誌ではしょっちゅう毒母特集が組まれますが、男性向けの媒体ではほとんど見かけたことがありません。

 社会学者・品田知美さんの近著『「母と息子」の日本論』では、その謎を解き明かそうとしています。なぜ女性たちは息子との分離を拒み、高学歴・高収入・高肩書を手に入れさせようと躍起になるのか。その背景には構造的な問題があるといいます。母子分離ができないまま成人した男性たちが潜在的に抱く強い母への恐れはミソジニー(女性嫌悪)の源泉となり、彼らが中枢を占める世の中では、ルールよりも身内意識や内輪の事情が優先され、個人が尊重されず全体主義的になっていく……既視感があります。

 母子分離を拒む社会は、自立した「個」を認めない社会です。品田さんは、日本政治の隠れた対立軸は保守対リベラルではなく“母と子の分離を是とするのかどうか”であると鋭く指摘します。

 この8年を振り返るタイミングで読むと、実に多くの示唆に満ちています。日本が変わるには、いい年をした息子たちの乳離れが急務なのです。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2020年9月14日号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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