町の住民たちの食事は、指示どおりに絶賛したりディスったり画面に打ち込み続けると提供される。だが、その食事はラミネートされたおでんなど素っ気ないものばかり。にもかかわらず、誰も気にせず口にし、ひたすら画面に向かい続ける。食事自体を楽しもうとする人はいない。

 そんな描写をてっきり現実より少し先を描いたSF世界だと思っていたが、荒木監督は「どの場面もよく東京で見る風景ですよ」と言う。

「今食べ物や飲み物を見ている人なんてほとんどいません。どれだけスマホに打ち込んでいるのか、って思います。ここに出てくる風景は、意識的に強弱をつけましたが、私にとってみれば、世の中にあることを紡いだくらいにしか思っていません」

 この町を居心地良く感じるか、否か。見る者の人生観も問われることになる。(フリーランス記者・坂口さゆり)

◎「人数の町」
新感覚のディストピアミステリー。9月4日から東京・新宿武蔵野館ほか全国公開予定

■もう1本おすすめDVD「ガタカ」

「人数の町」を観ているうちに、さまざまなディストピア小説や映画が思い浮かんだ。そのうちの一本が1998年公開の「ガタカ」だ。

 舞台は遺伝子工学が発達した近未来。ここでは人種や肌の色などで差別されることはないが、優秀な遺伝子だけがモノを言う。子どもは受精段階で遺伝子操作がなされるのが当たり前だ。その当たり前がなされずに生まれてきた青年ビンセント(イーサン・ホーク)。社会の“不適正者”である彼だが、幼い頃からの夢は宇宙飛行士になること。やがて彼は遺伝子の闇業者に接触。事故で将来を絶たれた、パーフェクトな遺伝子の持ち主ジェローム(ジュード・ロウ)を斡旋され、見事、宇宙施設ガタカで採用されるが……。

 遺伝子で差別される社会では、“不適正者”は生まれた時から無価値だ。本作は、そんな人物に人生の大逆転は起こり得るのかが見どころだが、一方で、完璧な遺伝子を持って生まれた者もまた、不運な事故に見舞われてしまえば“不適正者”と変わらないことが描かれる。他人の影として生きるしかなくなった、薄幸の美青年に胸が締め付けられる。差別は誰にとっても不幸でしかない。

◎「ガタカ」
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
価格1410円+税/DVD発売中

AERA 2020年8月31日号