その結果、スライドグラスの寒天ゲルの、2つの穴のちょうど中間地点くらいに、抗原抗体複合物の白い線が現れてくることになる。この生命反応を、実際、自分の目で見るのはなかなかの感激ものなのだが、臨床現場では、いちいちこんな免疫拡散実験を行うわけにはいかない。手間もかかるし、時間もかかる。第一、抗原としてウイルス粒子をそのまま扱うのは非常に危険である。

 そこで抗原としてウイルスのタンパク質を使って抗体の検出を簡便・迅速に行えるスティック状のキットが複数の会社からたくさん発売されることになった。ウイルスもタンパク質にバラしてしまえば感染性はない。抗体検査の問題点の第一は、このキットの信頼性である。

 抗体検査のキットは、このコラムでも触れた、排卵チェッカーや妊娠検査キットと基本的な原理は同じものだが、根本的な違いがある。

 排卵チェッカーや妊娠検査キットは、ホルモン(抗原)の有無を、品質が管理されたモノクローナル抗体で検出するものだったが、抗体検査キットはこの逆である。抗体の有無を、抗原(ウイルスタンパク質)を使って検出しようとするものだ。抗体は個人個人で差があり、抗原の側もウイルスのどのタンパク質を用いるかによって結果が変わってくる。現在、流通している抗体検査キットには、抗原の性状について明記しているものが極めて少ないのが実情だ。(次回へ続く)

○福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

AERAオンライン限定記事

著者プロフィールを見る
福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

福岡伸一の記事一覧はこちら