新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真 (c)朝日新聞社
新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真 (c)朝日新聞社
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社

 メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回一つ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。前回に引き続き、今回も猛威を振るう新型コロナウイルスについて取り上げる。

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 新型コロナウイルス感染が拡大を続けている。重症化するケースもあるので油断はできないが、軽挙妄動するのは注意したい。

 いうなればこれはインフルエンザ同様、ウイルス性風邪のひとつであり、新型とはいえ、未知ではなく、原因ウイルスも、そのゲノムも解明されており、検出法も確立されている既知のものだからだ。いずれワクチンも開発され(ゲノムがわかっているので、ウイルス特異的タンパク質もすぐに合成でき、それを抗原とすればよい)、数年後には「今年もインフルとコロナの予防注射をしておこうか」という具合に、ごく普通の、日常的なものになることだろう。

 今回、この新型コロナウイルス感染の問題を社会的により大きくしてしまったのは、皮肉なことに、鋭敏で厳密な遺伝子検査法リアルタイムPCRにある、と言えるのではないか。

 コロナウイルスは普通の光学顕微鏡では見ることができず、電子顕微鏡でしか見えない。しかし王冠に似たその姿だけでは、ごく一般的なコロナウイルスなのか、SARSコロナウイルスなのか、そのような差異は判別することができない。そこで活躍したのがリアルタイムPCRである。新型コロナウイルスはSARSコロナウイルスと遺伝子上、極めてよく似ている。つまり、両者はもともと同じウイルスで、宿主を渡り歩くうちに独自に変化したものだと考えられる。

 リアルタイムPCR法は、新型コロナウイルスのゲノムにだけ特徴的な部分を選び出し、その部分の遺伝子断片をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅して、その増幅速度を特殊な蛍光反応で検出する。PCRは変人科学者キャリー・マリスの発明。彼はこのアイデア一つでノーベル賞を獲った(詳しくは拙訳書『マリス博士の奇想天外な人生』を)。

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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