「心を豊かに育て、いつか自分の子どもにも読み聞かせができるようになってほしい」と法務教官の小林正史さんは言う。

 同学院では、今年7月、東京子ども図書館の協力で「お話会」も開催。ベテランの語り手3人が三つの寮に出向き、日本や外国の昔話、詩などを語って聞かせた。少年たちにとって、耳から物語を聴くというのは初めての経験だ。最初はやや硬い表情だったのがだんだん肩の力が抜け、そのうち何人かは前のめりになっていった。

 物語を聴くことは、たとえそれが他者の物語であったとしても、自分自身の人生を新たな視点から捉え直すきっかけにつながる、と町田さんは話す。

「これまでの成育歴の中のつらかったことも振り返れるようになってほしい。子どもたちにはその力があると信じています」

 どの少年院にも蔵書はあるものの、茨城農芸学院のように、外部の専門家の力を借りて、本と触れあう機会を設けている施設はまだ少ない。

 先駆的なのは、公共図書館として、少年院や児童自立支援施設の子どもたちを支援する試みを2010年度から続けている広島県立図書館だ。家でも学校でも読書の楽しさを知る機会がなかった子が施設にいる間に届けたいと、吟味した本を貸し出したり、施設職員に絵本の読み聞かせの指導をしたり、図書館職員が施設に出向いてブックトークや読書会も実施してきた。

 活動の根底にあるのは、「本は人を創る」との信念だ。本は未知の世界への窓を開き、心の土壌を豊かにし、それまで知らなかった自分自身の可能性に気づくきっかけを与えてくれる。(ジャーナリスト・大塚敦子)

AERA 2019年12月16日号より抜粋