聖武天皇は、出品される遺筆「雑集(ざっしゅう)」の筆致からもわかるように、とても真面目な方でした。妻の光明皇后の筆致の力強さが有名ですが、聖武天皇は非常にきっちりした方だった。

 実は正倉院展が開かれる奈良国立博物館の看板の題字も、聖武天皇の書かれた字から抜き出して使っている。

 普通はそういうことをすると、一昔前の文字の切り貼りの脅迫状のように一体感がなくなるのですが、奈良国立博物館の看板は調和がとれている。一字一字がお習字のお手本のようなんです。きっちりとし、はみだすこともない。

 聖武天皇の治世は政治的にも事件が多くて、だからこそ、おそらくは悩みすぎて大変な思いをされた。漫画ではそれを描いたのですが、そんな生き方が書にも表れている。

「衲御礼履(のうのごらいり)」は聖武天皇の儀式用の赤いくつで、大仏開眼会の時に使用したものだと思います。私も古代衣装を着たことがあるのですが、こういう履は結構大きくて、歩きにくい。足袋のようなものをはいて、ひもで足首で結んだうえではくのですが、つま先はほとんど入らず、浅いので脱げそうになる。なので、ゆっくり歩くしかないんです。真珠もついているし、当時はもっと色鮮やかだったでしょうね。ただし、衣装が長いのでは足を蹴りだして歩いても、なかなかこの履は見えない。時々、ちらっと見えて真珠がきらきら光る。そういう美意識を大切にした。

「黄熟香(おうじゅくこう)」もおもしろいです。これは「蘭奢待(らんじゃたい)」という別名が有名なのですが、香木の一種で、どんな香りがするのか私にはまったくわからないのですけれど、織田信長ら、時の権力者がちょっとずつ削ったという数奇な歴史をたどりました。しかも、誰がいつどれだけ取ったのかがきちんと記してある。仏教行事とお香は切っても切り離せないものなのですが、長い時間がたっているわりに、遠慮したのか、思ったほど切り取られていないのが不思議です。

 個人的に一番好きなのは「白瑠璃碗(はくるりのわん)」です。これは本当に素晴らしい。出土品と違って表面が銀化していないし、割れてもいない。産地であるペルシャ(現在のイラン)には、出土品しか残っていないようですが、日本にもたらされたために残った。それにも感動します。

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