近所に買い物やお茶をしに行くときなどには、財布は持たない。スマホと家のカギを持つだけだ。財布にも現金はほとんど入れない。カード類も、スマホに取り込めない数枚と免許証、健康保険証ぐらいだ。

 渡名喜さんの財布をのぞかせてもらうと、現金は10円玉、5円玉、1円玉が1枚ずつ入っていただけ。

「お賽銭の16円です。きれいに磨いた小銭を持って、週に1回は神社にお参りします」

 キャッシュレス生活を送れば送るほど、お得なポイントはたまっていく。表は渡名喜さんのある1カ月のキャッシュレス決済とたまったポイントの記録だ。家賃や税金以外のほとんどの生活費を、キャッシュレスで賄っている。ポイントの還元率は0.5~14%と幅があるが、ポイントアップの店舗やキャンペーンなどをねらうことで、効率を上げる。

 これをイオンの電子マネー・ワオンに替え、買い物に使うという。徹底しているのだ。

 とはいえ今まで現金がなくて困ったことも「何回かあります」と渡名喜さん。最近、近所のファミレスに行っていざ支払いの時に、「現金のみになります」と言われて大慌てになった。財布には、このときも16円しか入っていなかったからだ。チェーン店でも、キャッシュレス決済を導入していないところがあると初めて知った。ゆうパックも現金決済のみで困ったという。

 飲み会で恥ずかしい思いをしたこともあった。飲食代を割り勘にする際に2千円の現金を持っておらず、友人から借りる羽目になったのだ。

 それでもキャッシュレス生活に踏み切って、「時間の短縮になったことと、ポイントをためてお得感を感じられることはよかった」(渡名喜さん)。

「楽」と「得」を同時に実現している、まさにキャッシュレスの「上級者」と言えるだろう。政府もいまキャッシュレスの普及に躍起だ。来年10月の消費税増税に合わせ、中小店舗でキャッシュレス決済をすると、増税する2%分をポイント還元する政策を検討しているのだ。長期的にも、経済産業省は2025年までにキャッシュレス決済を現在の2倍、全体の4割まで引き上げようと目標を前倒しした。そして渡名喜さんの活用法でわかるとおり、民間企業もさまざまなサービスを展開。最初の一歩を踏み出してもらおうと官民が力を合わせている。(ライター・及川知晃)

※AERA 2018年11月26日号より抜粋