前野教授によれば、働き方改革で行き詰まる企業に多いのが、一律に残業削減を押し付け、幸福度が下がっているパターン。その罠からの脱却に成功しているのがサントリーだ。同社は長年、社員の残業削減に頭を悩ませてきた。06年からの10年間で削減できた社員1人あたりの年間総労働時間は約30時間。ところが直近のわずか2年で、70時間超も減らせた。

 変化の起点は、部署ごとの「独自性」に着目したことだ。昨年、各部署の課長クラスの約400人を「働き方改革推進リーダー」に任命。自由に働き方を変えられる裁量権を持たせた結果、その部署に今いちばん必要な見直しが一気に進んだという。そこにたどり着くまでには「手痛い失敗もあった」と、人事部の竹舛啓介さん(38)は語る。

「数年前、働き方を見直すために外部コンサルの協力も得て、詳細な労働改善マニュアルを作ったんです。自信作でしたが、結果はどの部署からも『うちじゃ使えない』と見向きもされなくて……。大事なのは“自発性”だと気付かされました」

現在、取り組んでいる「TOO(隣のおせっかいおじさん・おばさん)」というユニークな活動も、もとは3人のシニア社員が自発的に始めたもの。

「『自分にできることは何か』と考えたシニア社員が、仕事で悩む社員に声をかけ、相談に乗るようになったんです。トップから新人まで、縦断的にアドバイスできるのは、経験豊富なシニア社員だけ。とても心強いです」(竹舛さん)

 同社は、こうした現場ならではの知識や活動を「変えてみなはれ」という社内専用サイトに集約、全員で共有できるようにしている。いわば、働き方の工夫の集合知だ。

 さらに、サイトに投稿されたアイデアや取り組み例に対してつけられた「いいね!」の数に応じて、会社が各部署にインセンティブを支払う「ピアボーナス制度」も近々導入予定だ。

「上から評価するのではなく、全員が『これいいね!』ってたたえ合う風土ができれば組織は変わっていくと思います」(同)

 上から押しつけられても幸せにはなれない。仲間と関係を密にし自分を受け入れてもらう。ベテランには知恵を借りる。社員一人ひとりが、そしてチームが自ら進んで動けるようにすることが、幸福につながっていく。(編集部・石臥薫子、深澤友紀、ライター・澤田憲)

AERA 2018年9月17日号より抜粋