一部の弾道ミサイルを破壊できても、滅亡が迫り自暴自棄になった相手は急いで残りのミサイルを発射するだろう。日本のイージス艦はミサイル迎撃用ミサイルを各艦8発しか搭載しておらず、不発、故障もあるから1目標に2発を撃つのが一般的で、4目標にしか対処できない。短射程の迎撃ミサイル「PAC3」も同様だから、核弾頭と通常弾頭の弾道ミサイルをまぜ多数発射されると突破される。

 北朝鮮が9月3日に実験した水爆の威力を防衛省は160キロトンと推定しており、広島型の15キロトンの10.6倍だ。爆発力は水平方向と上に向かうから、効果(被害)半径は3乗根に比例し、広島型の2.2倍になる。広島型だと初期放射線で爆心地から約1.5キロ以内の人が死亡、爆風で約2キロ以内で建物が崩壊、大部分の人が死傷する。熱効果は3キロで第2度の火傷(やけど・皮膚の30%以上が火傷すれば、すぐ治療しないと致命的だ)を負わせる。

 160キロトン水爆だと、爆心地から約4.4キロ以内では初期放射線、爆風、熱の相乗効果でほとんどの人は死傷するだろう。熱効果は6.6キロ以内で火傷を負わせる計算になる。

 爆心地が国会議事堂と仮定すれば、熱効果が及ぶのは北は巣鴨、南は大崎、東は錦糸町、西は中野あたりとなる。その面積は137平方キロ、東京23区の人口密度は平均1.5万人だから、約205万人が住んでいる。都心部の昼間人口は千代田区では居住者の17.4倍。中央区で4.9倍、港区で4.3倍だから、ウィークデーの昼間なら爆心地から4.4キロ圏内に400万人はいるだろう。

 日本の政治、行政、経済、情報などの中枢が壊滅すれば救援活動もできず、悲惨な状況になる。仮首都や臨時政府を誰がどうして決めるのかも難問だ。

 米国では「北朝鮮の核・ミサイル開発を凍結させ、国交を樹立するほうが現実的」との論が出る。ティラーソン米国務長官は対話の糸口を探り、海兵隊大将(退役)のマティス米国防長官も外交の重要性を説く。米国にとっては本国に届くICBMの実戦配備さえ防げば一応成功だが、「凍結」は日本を射程に入れる核ミサイルの保有を黙認することを意味し、国交樹立は北朝鮮の現政権の存続を認めることになる。北朝鮮は勝者となり、日本がかつて韓国に行った経済協力と同等以上の支払いを求めることも考えられる。

 日本にとって実に苦しい情勢になるが、核戦争になればそれ以上に害が大きい。経済制裁が効かなくてもトランプ氏が武力行使に向かわないよう、米国内の慎重派や、同じ被害を受けそうな韓国、対話を勧める中国、ロシア、欧州諸国と連携する外交能力が「日本人の命を守る」ために必要だ。(軍事評論家・田岡俊次)

AERA 2017年10月30日号