元キマグレン・クレイ勇輝「借金2億円の経験でも絶望しなかった」 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

元キマグレン・クレイ勇輝「借金2億円の経験でも絶望しなかった」

このエントリーをはてなブックマークに追加
市岡ひかりAERA#貧困
クレイ勇輝(くれい・ゆうき)/1980年生まれ。地元・神奈川県逗子市の海岸にライブハウスをオープン。2008年、ISEKIと共に「キマグレン」としてデビュー。15年7月に解散(撮影/写真部・加藤夏子)

クレイ勇輝(くれい・ゆうき)/1980年生まれ。地元・神奈川県逗子市の海岸にライブハウスをオープン。2008年、ISEKIと共に「キマグレン」としてデビュー。15年7月に解散(撮影/写真部・加藤夏子)

 非正規社員、失業、高齢化、病気――。いま、奨学金や住宅ローンなどの借金返済に困る人が増えている。明るい未来を担保にして借金が出来る時代は終わりつつあるのか。AERA 2017年4月3日号では「借金苦からの脱出」を大特集している。

 華やかに見える芸能界も一寸先は闇。抱える借金は億単位だ。だが、生き残る人は強い。追いつめられても、つぶされることなく、再び花を咲かせる力とは。元キマグレンのクレイ勇輝さんに、2億円の借金を抱えてたころのお話を聞きました。

*  *  *
 2005年に逗子海岸にオープンしたライブハウスの経営で借金を背負いました。原因は、自分の無知とプライドにあります。熱意はあったので色々な人が手を差し伸べてくれた。でも、事業を継続させるためには、それだけの事業計画や資金の裏付けが必要でした。

 初年度に7千万円、2年目は3千万円の赤字に。3年目には社員が2人を残して一気に辞めました。「へえ、辞めるんだ」って感じでしたけれど、後からじわじわきましたね。「他にやり方があったのかな」って。当時は社員に「なんで俺と同じことができないの」「なんで俺の時間軸で動けないの」って上から理詰めで言っていたので……。

 そんな時、ブッキングしたあるアーティストのプロデューサーから誘われて、08年にメジャーデビューしました。メディアに出ることによって、宣伝費をかけなくても客が入るようになり、08年にはひと夏で4億円の黒字に。それまでの負債を一気に返すことができたんです。

 でも、この年がピークになってしまった。認知度が上がっただけで、経営力が上がったわけじゃなかったんです。12年に由比ケ浜への移転計画が始まるのですが、費用が数億円掛かったことも重なり、14年には借金2億円に逆戻りです。

 2度目の借金でしたが、一度地獄を味わっていたので、人との付き合い方が前とは変わっていたんです。人脈がいかに大事かに気づいて、ミュージシャン活動の合間を縫っては、事業存続のために買収元企業探しに奔走しました。「今から福岡に来られる?」って相手の社長さんに言われたら、すぐに飛行機に乗って行ったり。会った後はお礼メールを送ることも習慣づけたら、だんだん名前を覚えてもらえるようになりました。


トップにもどる AERA記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい