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「なぜ私だけ?」いまだに続く共稼ぎ夫婦「妻の不公平感」

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by 金城珠代,福井洋平

水道もガスも整っておらず、電化製品も普及していなかったころの家事は今以上に重労働だった。今は楽になったはずだが、負担感は減らない/東京都大田区「昭和のくらし博物館」で(撮影/門間新弥)

水道もガスも整っておらず、電化製品も普及していなかったころの家事は今以上に重労働だった。今は楽になったはずだが、負担感は減らない/東京都大田区「昭和のくらし博物館」で(撮影/門間新弥)

 日進月歩の家電の進歩で、家事は驚くほど楽になって…いないのはなぜだ! 気が付かぬうちに“メタボ化”した家事は時に苦役だ。家事は本来生きること。私たちの手に、家事を取り戻そう。AERA 2017年2月13日号では、「家事からの解放」を大特集。

 家電の進化は女たちを重労働から解放し、共働きが増えて「女は家庭」ではなくなった──はずだったのに。毎日の生活につきまとう家事を、いつ誰がやるのかという大問題が、新たなストレスを生んでいる。

*  *  *
 朝5時半。キッチンに立った会社員の女性(35)は、寝起きの頭が怒りに満ちていくのを感じた。昨夜、片づけたはずのシンクに使用済みのグラスと皿と箸が置かれていたのだ。

 あいつか……。

 晩酌する夫の姿が頭に浮かんだ。これぐらい洗ってくれよ。箸をシンクに直置きしないでって言ったのに。誰かが片づけてくれるなら私だってもっと楽しく料理ができるのに。考えるほどイライラが募る。子どもができてから、家事は急激に増えた。苦にならない家事なんてない。生きていくためにやるしかないから仕方なくやっているということを、夫はわかっているのだろうか。

 怒りに任せて口を開こうとして、思いとどまる。子どもたちを起こす前に、洗濯機を回して朝食を作り、身支度を済ませなくてはならない。その後も子どもの朝食と着替え、連絡帳書きをこなし、保育園が開く時間ぴったりに子どもを預け、急いで電車に乗っても出勤時間ギリギリ。夫と話す数分も惜しかった。

●夫はゆっくり朝風呂

 子どもをせっつく声は焦りで次第に怒鳴り声に。罪悪感も気持ちを暗くした。そのそばで、夫は日課どおり20分はトイレにこもり、ゆっくりと湯船につかるのだ。家事といえば洗濯物を干すだけで、自分の準備をしてサッと家を出てしまう。

「洗濯物干しも、私が家事と育児をすべて抱えたまま職場復帰して倒れ、頼み込んでやってもらった。家事ぐらい自分で気づいてやってほしいのに。なぜ私だけがこんなにやらなければならないんでしょうか」

 淡々と分担を話し合いたいけれど、頭を整理する時間もない。小さなイライラをのみ込んでいるうち、気づけば冷静に向き合えない状態になってしまった。


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