「誰も知らない」のように、1億数千万円で作り十数館規模の公開からスタートする中規模の映画がなくなったことで、映画を作る新人が育っていくステップも共に失われた。日本初のシネコン「イオンシネマ」を運営するイオンエンターテイメント取締役の水野千秋(62)も、

「このままでは映画産業は再び衰退するかもしれないと危惧している。市場を大きくするために我々も試行錯誤し新たな取り組みをしている」

 と漏らす。是枝も続ける。

「映画文化が豊かになるためには映画作りの多様性が確保されていないといけない。東宝は企業としてはすばらしいが、好調ないまこそ、公開規模のバリエーションや新人育成のビジョンをみせて、映画文化にどう寄与するかを示してほしい」

●ヒットアニメの固定化

 大金が動く大作の制作では失敗が許されず、プロデューサーや製作委員会などの意見が作品に反映されやすくなる。「観客の見たいものから逆算して作る」というプロデューサー主義の浸透が邦画の隆盛を導いたのは事実だが、

「監督がテーマと深く、強く向き合った作品が、世界で通用すると信じている。僕はそういう作品が好きだし、監督の作家性を邪魔ものにしないでほしい」

 と是枝。フジテレビ映画事業局次長、臼井裕詞も言う。

「プロデューサーが作りたいものを作らせているだけでは行き詰まる。前提は、面白いクリエイターがいてこそ。いまは再び、強い作家性のある監督が求められている時代です。私たちも、新しい作り方を再び模索しているところです」

 その意味で、「この世界の片隅に」のスマッシュヒットが、日本映画の未来にとって一筋の光明となるのかもしれない。
 太平洋戦争下の広島を舞台にしたアニメーションが、11月の公開以降じわじわと上映館数を伸ばして、大ヒットの基準とされる興収10億円超が見えてきた。

 この数十年、ヒットするアニメ映画は数年ごとに作られる「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」「名探偵コナン」などラインアップが固定化している。それにあてはまらない作品が勝負をかけたとしても、集客は難しいのが現状。「この世界~」を監督した片渕須直(56)はその状況を打ち破ろうと、09年にアニメ映画「マイマイ新子と千年の魔法」を大人向けに制作した。だが、

「子ども向けと判断されて、親子で観られるようにと上映時間の最終が午後5時に設定された。会社帰りに行けないと知人に指摘されました」(片渕)

 上映時間の変更を頼んでも、「結果が見えている映画にはこたえられない」。レイトショー上映してくれる映画館を探してイベントを仕掛け、ツイッターで情報を発信すると、公開3週目には映画館の9割の席が埋まり、1年間断続的に上映し続けることができた。それでも、興行収入は5千万円どまり。

「この世界の片隅に」に取り掛かってからも、「マイマイ新子」の数字が重くのしかかった。

「出資先を探すと『内容はすごくおもしろいし、絵コンテもよくできているが、前作の初動数字が良くない』と次々に断られた」(片渕)

次のページ