挫折のダイエット史 記者が最後に出会った運命の方法は (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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挫折のダイエット史 記者が最後に出会った運命の方法は

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 料理下手、野菜嫌い、面倒くさがりの3重苦。数々の新メソッドに幻惑されつつ、食欲と女子心の板挟みで迷走を繰り返したのは青春の一ページ。これまで数々のダイエットを試してきた記者が、最後に出会った運命のダイエット。その結末は。

 まず、今や国民運動みたいになったダイエットが日本で本格的に根付いたのは、1970年代といわれる。自分が覚えているだけでも、歌手の弘田三枝子の『ミコのカロリーBOOK』(70年発売)がベストセラーとなって「◯◯って高カロリーで太るんだって」みたいな知識を日本人に植え付けたり、「スタイリー」などの運動器具のCMがテレビでガンガン流れたり、はたまた紅茶キノコや、衝撃の甘くないヨーグルト「明治ブルガリアヨーグルト」がブームになったり。生活系、運動系、食事系というダイエットの3要素が、この時代にはすでに存在していた気がする。

 自分が、いよいよダイエットに本腰を入れるようになったのは、ボタンを80~90年代のこと。注力したのは運動系だ。スポーツジムの会員になって、走ったり、踊ったり、泳いだりもしたっけ。

 ただし会費を払えば続くはず、という読みが甘い。まず道具をきっちり揃えてから数日間、取りつかれたように通っては、突然、つきものが落ちたように挫折。いろんなジムの会員になったが、体重が減ったのか、リバウンドしたのかさえ確認する間もなく、マイブームが終わってしまうのがパターンとなった。


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