「若い時は誰だって、甲斐のないことに憧れたり、嫉妬心を抱いたり、意味のないことで迷ったりする。年を取れば、さまざまな惑いから解放されて楽になるだろうというのが若い時の僕の予想でした」という書き出しで始まる本書は、ドイツ文学者池内紀氏の「老い」についてのエッセイ本です。



 予想に反して、年を取ったからといって、雑念がなくなるわけではないことに気づいたという著者は、今年77歳。本書『すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる』では、独特のウィットにとんだ語り口で自らの「老い」と向き合う日々を綴っています。



 老いていく自分に目を背けずに、変化を受け入れ、新しい自分を楽しみたいという池内氏が提唱するのは、家族や過去など、それまでの自分を形作ってきたモノと手を切り、自立すること。「夫婦とはいえ、新しい関係を作りなおす必要があると思う。惰性ではなくて共生、『自立した共生』という夫婦で晩年を過ごすのはどうでしょうか」(本書より)



 年寄りだからこそ、自分なりのおしゃれを心掛け、好きなことに興じて充実した楽しい日々を送りたいと考える池内氏の日常は、大好きな「せんべいの管理」から幼い頃に読んだ「小説の再読」、退職後にゼロから始めた「歌舞伎鑑賞」と実に忙しく創造性に満ちています。



 また病気や死の問題でさえ、前向きにとらえ、「死というのは恵みであり、古いものと新しいものが入れ替わる非常に大切な季節の変わり目のようなもの」と語ります。



 老いてからの癌は進行がゆるやかなので、自分の身の回りの整理もしやすく、「恵みの病だと僕は思います」ときっぱり言い切れる人は、そう多くないでしょう。著者は、"自分の主治医は自分"と決め、延命治療は望まないことを主治医にも家族にも伝えて、常に「何のために生きているのか」を自分に問いかけているそうです。



 日本人の平均寿命は、平成25年には男女ともに80歳を超えました。平成28年には、65歳以上の人が全人口の27.3%になり、日本人の4人に1人が高齢者という時代です。メディアでは盛んに「老人特集」が組まれますが、作り手は30~50代の人たち。「老人が老人を論じる場がほとんどないから、ある程度まで問題に接近できても、核の部分は作っている人たちには感覚的に理解できない」と筆者は感じ、「マスコミが言っているとか、ネットに書いてあったから正しいとか、そういうものではなく、われわれ年寄りは、自分の責任で老いを考えて、自分の考えを持って老いていきたい」と述べています。



 リタイアした後の20年、30年という年月をどう考え、どう生きるか次第で、その人の人生が、より充実したものになっていくことは言うまでもありません。この本を参考に、一人ひとりが自分なりの「すごいトシヨリ」になれる方法を考えてみてはどうでしょう。