松本零士さん
松本零士さん

 漫画家の松本零士さんが2月13日に亡くなった。85歳だった。

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 記者は2002年2月に東京の帝国ホテルで開催された「松本零士さんの紫綬褒章受章を祝う会」に松本零士作品にも声優として参加した俳優の野沢那智さんと共に出かけた。会場は大盛況で、零士さんがどこにいるかを示すため、お付きの人が風船を持って移動していた。照明を受けて輝く風船は、まるで星のように見守っているようだった。

 零士さんは宇宙に関する博物館や市や町と関係があったが、東京都国分寺市もその一つ。

 東京大学生産技術研究所の教授だった故・糸川英夫氏が1955年、国分寺市の現在の早稲田実業学校のある地でペンシルロケットの水平発射実験を成功させた。この快挙もあり、国分寺市は「日本の宇宙開発発祥の地」と銘打つことに。

 そして、ペンシルロケットの水平発射実験成功から51年を経た2006年、零士さんがデザインしたタイムカプセルが跡地に埋納された。

 糸川教授とは56年、零士さんが18歳のとき、東大の本郷キャンパス内を散策していると、糸川教授に呼び止められ、出会ったという。

 実験成功から60年後に行われた市のインタビューでペンシルロケットの実機を前にこう話した。

「実物をこの目で見ると、そこで初めて自分に対する距離感や大きさ、物量の存在感を感じられます。(略)本物を見ないとだめなんですよ。だから私は地球を見たい。まだ体力は大丈夫だから、自分を乗せて宇宙に打ち上げて欲しいと今でも思っています」

 19年、JR国分寺駅開業130周年で「宇宙×鉄道」をテーマにしたイラストを募集した際には審査委員長を務めた。その際、お手伝いをした国分寺市市民生活部文化振興課の松岡寛之さんは、

「憧れの人を前に緊張しっぱなしでした。先生は国分寺市とロケットのつながりを話していました」

 このイラスト募集のテーマは「21××年、あなたは宇宙鉄道に乗って国分寺駅(地球)を出発します。行先は月ですか?(略)それとも…。」というものだった。

 宇宙鉄道で零士さんは広大な宇宙に旅立った。(本誌・鮎川哲也)

週刊朝日  2023年3月10日号