一方、検察側の主張は「被告は寝室で妻ともみ合いになった末に首を絞めて殺害した」というもの。佳菜子さんの額に3センチほどの傷があったことから、「首を絞めた後、階段から突き落として傷を負わせた」とした。

 争点は多岐にわたり、双方決定的な証拠はないまま、一審判決は「自殺したとするには合理的な説明が困難」として有罪となった。

 判決の根拠の一つが、佳菜子さんの額の傷が原因とみられる、階段や階段下の15カ所の血痕だ。血痕は寝室にはなく、寝室でのもみ合いの後に負傷したことがわかる。

 裁判所は「傷を負ったとき、歩き回るなど活動できる状態であれば、現場にはより多くの血痕が残るはず」と自殺の可能性を退けた。

 今年1月の控訴審判決でも、東京高裁は一審判決を支持。だが、根拠は一審とは異なっていた。

 二審では、前述の15カ所の血痕について新証拠が提出され、倍近くの28カ所もの血痕が残されていたと明らかになっていたのだ。これにより「血痕の数が少ない」という一審の根拠は崩れた。

 そこで新たな有罪理由となったのが、被害者の手に血がついていないことだった。判決文によれば、傷を負ったら額の血を拭うのが自然なのに、その痕跡がないのは佳菜子さんに意識がなかった証拠だという。

 朴被告の代理人を務める山本衛弁護士は、二審で判決理由が変わったことを強く批判する。

「一審の判決理由に誤りがあったと明らかになったのに、高裁は一審の裁判員裁判で議論されていない別の理由を持ち出して、裁判官のみで有罪と認定した。一定の重大事件については市民を含めた健全な社会常識で判断する、という裁判員制度の趣旨に反しています」

 また、弁護側の提出した重要証拠が無視されたことも問題視する。

「洗面所の電気のスイッチに、佳菜子さんだけのDNAが検出された血痕が残っていた。これは佳菜子さんがけがをした後に洗面所に行った、つまり、もみ合いの後も意識があり活動していたことを意味します。手を洗ったのであれば、手に血がついていないことの説明になるにもかかわらず、判決では触れられませんでした」

次のページ
元裁判官「私なら有罪判決は出さない」